神社巫女と二人の(元)口寄せ巫女

幻覚度 9

まず巫女というのは二種類存在する。神社巫女と口寄せ巫女である。

神社巫女は神社に付属して様々な神事を行う巫女であり、口寄せ巫女は漂白しながら死者の言葉を伝える巫女である。

東方の神社巫女というと先代巫女、博麗霊夢、東風谷早苗、宮出口瑞霊(元)がいる。

巫女というのは神子とも呼ばれ、神の血を引き生まれながらに神に近しい存在であったが、これはこの三人もそうなのではないだろうか。

霊夢は天照大御神=卑弥呼(と仮定する)、早苗は洩矢諏訪子の子孫であり現人神、宮出口瑞霊は卑弥呼の弟(と仮定する)の血を引く(可能性のある)人物でありまさに神に近しい存在だ。

霊夢は神降ろしを行うことができ、神の意志を人々に伝えることが可能だ。そして神の言葉を伝える古いタイプの巫女と言えよう。

さてここまでは赤白の装束を着ているような従来の代表的な巫女について書いてきたが、ここからはもう片方の巫女、口寄せ巫女だったのではないかと感じさせてくれる二人の人物について考えていきたい。

まず口寄せ巫女というのは現在では遊女という側面が持ち上げられがちで卑賤な存在だとされている。(柳田國男はそのような見方を否定しているようだが)

ここで挙げる山姥の坂田ネムノ、山女郎の駒草山如はどちらもそのような見方をされてもおかしくない人々だ(太夫は遊女の最高位のことでありまさにという感じだろう)

山姥、そして山姥の別名とされる山女郎、どちらも山姥と仮定すると面白い説が浮かんでくる。それがネムノ、山如、元巫女説である。

 

山姥は巫女が妖怪となった存在という話があるようにこの説を想起した有識者はそれなりにいるだろう。今回は巫女考を用いて彼女たちの実像に迫っていきたい。

まずはネムノ。彼女の二つ名は浮世の関を超える山姥、孤絶した山麓の山姥である。

彼女が住む地は聖地ヤマンバの地、まさに途絶された地であり彼女の能力は聖域を作る程度の能力だ。

彼女を口寄せ巫女とすると、浮世の関を超える山姥という二つ名が光る。特定の神社に属せず関所を越え旅をしながら口寄せをしていた巫女。浮世の関を超える巫女。

自由に生き来していた頃の漂泊の巫女としての記憶を色濃く残している。

そして聖地を作る程度の能力。

老いとともに口寄せ巫女は里巫女定住化した。しかし身を落ち着けた先は村のはずれ、社会の周縁部だった。

そこは比丘尼屋敷、姥屋敷という地名がつき現在に残っている。要は巫女村であり一種の聖域なのではないだろうか。

次に山如である。彼女の別名である駒草太夫の太夫が遊女の最高位であることは先述したが、口寄せ巫女も定住化した後に遊女として売色を兼ねた。

そしてその中で旅女郎というものが生まれ私娼の別名となった。

ここから私の妄想である。

明治時代、巫女禁断令によって消され遊女という側面ばかりが取り上げられ卑賤な存在だとして蔑まされた口寄せ巫女を東方的に妖怪化した結果生まれたのが駒草山如なのではないだろうか。

山如は神の代わりに妖怪を慰めるようになった元巫女であった。そして口寄せというのは時としてスピリチュアル的なものとして受け取られ明治政府から迷信扱いされたように山如の煙草の煙で精神を操作する程度の能力も迷信扱いされ時代と共に羨望の眼差しはいつの間にか侮蔑の眼差しへと変わっていく。

その中で彼女は妖怪となり賭場を仕切る主となっていった……と考えてしまいたくなるのは私だけだろうか。

 

参考文献

【巫女の民俗学】柳田國男著『巫女考』とは? 巫女を巡る旅【ゆっくり解説】
柳田國男の論考『巫女考』を主軸に巫女の歴史、民俗学を解説しています。巫女考の読みについては、青空文庫の『木綿以前の事』では「ふじょこう」とルビがふられていましたが、原本ではルビはふられてないこと、論文や大学における文献には『 みここう(Mi...

 

 

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