命蓮寺は何宗なのか

幻覚度 5

はじめに

「命蓮寺の元ネタは何ですか?」と聞いたなら、ある程度の東方元ネタオタクなら「信貴山朝護孫子寺」と即答するだろう。もう一歩踏み込んで宗派を聞いても、真言宗と即答する人がいるかもしれない。正確には信貴山真言宗なのだが、それは置いておく。

しかし色々と見ている限り、命蓮寺は真言宗の寺と言う割にはいささか妙な点があるように見える。私が個人的に気になった点を纏めると、

  • 坐禅を組んでいる(酔蝶華、智霊奇伝)
  • 警策を使っている(酔蝶華、智霊奇伝)
  • 印、真言の登場描写が無い(全般)
  • 射命丸文が「禅刹」と呼んでいる(酔蝶華)

主にはこの4つだ。他にもあるにはあるが、それらはどちらかというと「仏教としてどうなの?」という部類になり、今回の趣旨からずれるので省略する。

これだけおかしな状況を抱えている命蓮寺は、果たして何宗なのか。自分なりの見解を述べさせていただく。

考察本文

なぜ疑問に思ったのか

とはいえ、これを読んでいる全員が私のようなゴリゴリのブディストでは無いと思うので、まず最初に、上の4つを疑問に思った理由を書いていく。

1,坐禅を組んでいる

真言宗で坐禅は組まない。それらしい事(阿字観と言う)はするが、坐禅とは似て非なるものである。本音を言えばこの二つの違いについても語りたいところだが、そうすると密教の教義にまで話が飛ぶので、ここでは省略する。

ちなみに智霊奇伝では坐禅の心得を聞く事もできる。本文はこうだ。(句読点は筆者)

坐禅は目を閉じて眠ることではありません。ほんの少しだけ目を開けて点を見つめ、無心になることなのです。もちろん考え事をするのも厳禁ですよ。

実はここから、命蓮寺の坐禅は日本に3つある禅宗(臨済宗、曹洞宗、黄檗宗)のうちの曹洞宗式のものということが分かる。高校日本史で只管打坐と習うアレだ。

この曹洞宗というのも考察材料になるので、覚えておいて欲しい。

2,警策を使っている

因みにこの漢字、曹洞宗では「きょうさく」と読み、臨済宗では「けいさく」と読むため、迷ったら漢字で書くのが無難である。書く機会が無いというツッコミは受け付けない。

上の記述から分かるかもしれないが、警策を使うのは禅宗である。真言宗では使われない。

3,印、真言の登場描写が無い

私は原作未履修(パソコン不所持)なので、書籍からのみの情報になっているのは申し訳ないが、少なくとも私が見てきた漫画(三月精のみ未読)には印、真言が登場した描写は見られなかった。

「じゃあどこにその要素をぶち込めば良いんですか?」というツッコミももっともだが、やはり気になるものは気になってしまうのだ。

4,射命丸文が「禅刹」と呼んでいる

本文はこうである。

命蓮寺……表向きは人間が苦しみから解放されるために修行する禅刹

刹とは、ニアイコール寺である。なので、少なくとも射命丸文は命蓮寺を「禅宗の寺」と認識しているということだ。

その他の描写からの推察と命蓮寺の宗派の仮説

とはいえ、じゃあ命蓮寺は禅宗、もしくは少し狭めて曹洞宗の寺かというと、そうとも言えない。というのも、密教、真言宗らしい描写も存在するからだ。

具体例を挙げると

  • 壇が存在する(智霊奇伝)
  • 「南無阿弥陀仏」と唱える(心綺楼)
  • 大日如来を冠した技がある(心綺楼、深秘録など)

主にはこの3つである。

1つ目、壇は密教に於ける重要な儀式場である。詳しい説明は省くが、これがあるというのは命蓮寺が密教足りうる重要な要素である。

2つ目、南無阿弥陀仏と聞くと、少し詳しい人なら「南無阿弥陀仏は浄土宗系じゃないんですか?」とツッコミが飛んでくるだろう。そのツッコミは正しいのだが、ここでは阿弥陀如来を極楽浄土の主ではなく五智如来(密教の如来トップ5)の一座として見ることで、命蓮寺が密教の寺だという事の証明とさせてもらいたい。

ちなみに高野山真言宗のトップである高野山にも来迎図があったりするので、浄土教というのは浄土宗系の専売では無かったりする。

3つ目、大日如来は言わずもがな密教の根本仏である。壇は実を言うと密教の専売では無いのだが、大日如来を根本仏とするのは密教のみである。

なので、これだけ見れば命蓮寺は密教とも禅宗ともつかないよく分からないお寺である。しかしここで諦めずに命蓮寺宗派事情の解釈を提唱したい。

白蓮個人の信仰→真言宗、命蓮寺の対外宗派→曹洞宗説

説概要

こう考えると色々と辻褄が合う。と思われる。あくまで幻覚度5の意見である。

まず、密教色の見える描写には白蓮が必ずいるので、白蓮が密教信者であることは間違いないだろう。

そして禅宗を採用している理由だが、密教は妖怪に対して身の危険となり得るからではないだろうか。

密教、具体的に真言宗や天台宗といえば、日本では陰陽道と並ぶ退魔組織として有名だ。さらに言えば、密教の基本儀式である護摩は、空間と行者の身を清めるところから始まるくらい穢れに厳しい。

こう聞けば、密教は妖怪に対して積極的に勧めるべきものでないことが分かるだろう。妖怪は「清められるべき魔」の判定になる可能性が大きいのだ。

そこで、妖怪に対して比較的被害の少ない曹洞宗を命蓮寺の宗派としたのではないかと考えたわけだ。

また、射命丸文が「禅刹」と呼んでいた件だが、アレが射命丸の間違いではなく、本当に命蓮寺が曹洞宗として対外発信していたの射命丸を聞いたのだとすれば、この仮説の更なる裏づけになり得る。

この説の考え得る問題点と、その強引な解決説

しかし、命蓮寺を曹洞宗とした瞬間付き合わなければいけない問題が発生する。曹洞禅の教えをどこで学んできたのかという問題だ。

「扶桑略記」や「山槐記」によると、命蓮上人が醍醐天皇の病気を平癒せしめたのが西暦930年。対して、道元が興聖寺に日本初の曹洞宗僧堂を開いたのが1233年だ。

信貴山縁起絵巻の時系列は分からないが、尼君の巻の時期はこの930年から遠く離れているわけでも無いだろう。また、当時の平均寿命や絵巻中の命蓮の年齢描写も考えると、尼君の巻から命蓮の入淑までもあまり長くないはずだ。

そこで、命蓮が入淑し、白蓮が若返った時期を935〜940年のどこかだとする。ここで、もし白蓮が日本で曹洞禅を学んだとすると、白蓮は日本に曹洞禅が入ってくるまでの約300年、そして禅の教えを理解するまでにかかるであろう約数年を人々に怪しまれずに日本にいれたことになる。

妹紅のように人との交流をほぼ絶ったなら別だが、一応僧侶としても活動していた白蓮がそんなに長い間日本に留まれたとは思えない。一般人が思うより平安、鎌倉はまだ妖怪に敏感な時代なのだ。

そこで、白蓮渡宋経験アリ説を提唱する。この時代の中国は恐らく宋なのでこう表現した。

この説を思いついたきっかけは命蓮寺の入道使い、雲居一輪の存在だ。

雲居という漢字、一般の人はほぼここでしか見たことが無いと思う。しかし私はこの漢字を他で見たことがある。中国十大仏教名山が一つ、雲居山に出てくるのだ。

重要なのは、この山の山頂にある真如禅寺(当時は恐らく龍昌禅院)が中国禅宗の、しかも曹洞宗の発祥の地だと言われていることだ。

白蓮はここに行った事があるとするならば、300年も日本で放浪しなくても曹洞禅を学べることになる。

また、一輪が元ここの出身で、「雲居」という名字もここから取られているとするならば、智霊奇伝で一輪が坐禅指導をしていた描写も説得力を増すように思える。

中国妖怪は前例がそこそこいる(紅美鈴、純狐、吉弔八千慧など)ので、その辺りの課題もクリアしているとは思いたい。

まとめ

ということで、私は命蓮寺の宗派について「白蓮本人は真言宗を信仰しているが、色々あって対外的には曹洞宗で通している」とした。

そこそこ無理やり持説を押し通した上に、私が気づいていない穴もあると思うが、そこはどうか幻覚度5の戯言だと思って許して欲しい。(それはそれとして今後のためにも批評は欲しい)

神道元ネタ勢が人気な中、どうにか仏教元ネタ勢の人気も増えるよう願って。

南無大師遍照金剛

参考(敬称、サブタイトル略)

ZUN、黄昏フロンティア「東方心綺楼」「東方深秘録「東方憑依話」

春河もえ「東方鈴奈庵」

水炊き「東方酔蝶華」

あずまあや「東方茨歌仙」

秋巻ゆう「東方智霊奇伝 迷宮編」

泉武夫「躍動する絵に舌を巻く 信貴山縁起絵巻」

曹洞宗 SOTOZEN-NET「概要・歴史」

曹洞宗仏徳山 興聖寺「興聖寺について」

 

コメント

  1. V層もどき より:

    命蓮寺の宗派、というか、命蓮寺勢が密教的要素と禅宗的要素とを併せ持っている理由なのですが、想定されているのが「空海が持ち帰り密教と融合させたはずの禅宗」だからであろうと考えます。
    失われた・幻想となった宗派であるので、幻想入りして幻想郷に存在していると。

    参考として、京極夏彦『鉄鼠の檻』では、「空海が北宋禅を持ち帰り、密教と融合させた」禅宗をもつ寺が、山中で世間から隔絶され、忘れられていた、というお話があります。

    神主が曲名(『最も澄みわたる空と海』における最澄・空海)やブログで空海に触れることが多々あリ、あるいは空海の「生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、 死に死に死に死に死んで終わりに冥し」との言葉が妹紅に引かれていること、空海が修めたという虚空蔵求聞持法が御阿礼の子の能力や求聞史紀という書名に影響していることなど、神主が空海を意識していることは多々あるので、こちらも空海の影響化にあるものではないだろうか、と。

  2. 春夏冬秋(アキアリアキナシ) より:

    ありがとうございます。妖怪が真言を使っているならこの仮説は成り立たなそうですね…
    求聞口授の内容は私も使おうと思ったのですが、六波羅蜜は大乗仏教(日本の仏教ほぼ全てこれ)全てがやっている修行なので宗派判定には使えなかったんですよ。

  3. 一般ぱーぷる より:

    僭越ながら、以下の情報も参考になれば
    ・鬼の中には禅に精通した者もいる(求聞史紀)
    ・修行の内容として六波羅蜜を挙げている(求聞口授)
    ・水蜜が聖から教わったという真言を使っている(剛欲異聞)

    • 春夏冬秋(アキアリアキナシ) より:

      間違えて返信ではなく普通にコメントしてました…消す方法ないですかね…
      気を取り直して、強欲異聞やってなかったので助かります。妖怪が真言を使っているならこの仮説は成り立たなそうですね…
      求聞口授の内容は私も使おうと思ったのですが、六波羅蜜は大乗仏教(日本の仏教ほぼ全てこれ)全てがやっている修行なので宗派判定には使えなかったんですよ