酔蝶華で取り上げられる地方の伝承について調べてみると、やはり柳田國男が取り上げている話があった。
京丸牡丹もその一つで、山に咲く巨大な牡丹の不思議な話である。
山如の話に続き、牡丹である事の他に「山」が描かれている事にも注目したい。
幻想郷には海がない代わりに、妖怪の山が聳え立つ。
そうすると自然と山岳信仰に関するエピソードが出てくるのもおかしくはない。
柳田國男「山の人生」
大塚英志「山人論集成」
ではなぜ幻想郷を海から切り離し、山に信仰が集まる形になっているのか。
酔蝶華含め、作品に散りばめられる様々なエピソードから、柳田國男の「山人」の考え方に神主は強い影響を受けたのではないかと伺う事ができる。
山は巫女とも繋げられる話で、山への供物として捧げられる娘であったり、歩き巫女や山女郎、山姥もそうである。
牡丹回で山如が活躍したのも恐らく意味があっての事であろう。
大塚英志も神主に影響を与えた方として有名な人物である。
山人論集成は自分はまだ読んでいないのだが、まさに柳田國男の山人の話について取り上げた内容となっており、神主が読んでいてもおかしくないはずで、仮に読んでなくとも東方への理解に近づく事には間違いないと思う。
柳田國男は遠野物語ぐらいしか東方と繋げるイメージはないかもしれないが、主に「巫女」に関する部分だったり、民俗的な話だったりに、柳田の影響が強く現れているのが見て取れる。
個人的な話だが、「御阿礼の子」という言葉は東方独自の言い回しかと思っていたが、既に柳田の著書(妹の力)に書いてあった事に驚いた記憶がある。
また、依姫に神の憑りつく巫女の能力が備わっているのも、柳田の著書(妹の力)に記された、『玉依姫は神の憑りつく巫女の総称』という事に由来しているのではと思われる。
「妹の力」「巫女考」「山の人生」
これらは東方を考察する上で是非目を通しておきたい。
おまけとして、以下にわかりやすく上記作品を噛み砕いて説明した動画を載せておく。
妹の力
巫女考
山の人生

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