神主にとっての八雲紫

幻覚度 8

八雲紫は『悪役か正義か』という話に固執されがちであるが、それは今後もわからないままではないか、というのが最近の自分の結論である。

八雲紫は原作の発言から貫禄あるキャラの側面はあるものの、香霖堂等に描かれたように、無邪気さや突拍子もない行動や発言もあったりなど、無垢性も実は伺えたりする(霖之助が少女判定するぐらいには)。

また、思考が読めないという点では永琳と同じであり、神性も同時に伺う事ができる。

つまり、気まぐれに災いを起こしたり人の運命を変えたりなど、人のルールの中にいないが何か独自のルールでもって我々に干渉しうる自然や精霊、神様のような存在ではないかと思っている。

 

神主にすらも干渉する八雲紫

ここからはより幻覚度の高い話になるが、

外の世界と行き来する事ができ、幻想郷の創設に関わった存在として、八雲紫は東方projectという作品そのものにも関わっているのではないかと見ている。

どういう事かというと、『幻想郷の出来事を我々に見せる立場』という見方ができるのではないかと思ったからだ。

八雲紫は度々、我々(読者、プレイヤー)を認知し、更に今の自分がキャラクターとして描かれている事すらも把握している様を仄めかしている。

神主は八雲紫が初登場する妖々夢のパッケージコメントにて、

このゲームはゲームである以前に『結界』である

と記している。

東方の世界観は神主のゲーム(STG)への哲学を反映したものであると読み取る事ができ、

『結界』がゲーム画面/本のインクの染みた紙、とその内に描かれる世界の隔たりを示しているのも作品のあらゆる作中描写から伺い知る事ができる。

作品の世界にのめり込むというのは、つまり画面や紙という結界を忘れ境界が曖昧になり、その世界に迷い込むという話になる。これは秘封倶楽部のストーリーに反映されているものと思われる。

また、神主の思想だけで東方は作られているわけではないらしい事は、神主の「東方は二次創作」などの話からもわかる。

神主の中には幻想郷のベースになった世界があって、それを作品に落とし込み描いているというような話も以前どこかで聞いたことがある。

それを案内する立場として最適なのが八雲紫、なのではと思う。

何故か自身に東方という作品を描かせている存在、故に底知れないキャラクターとして描かれているのかもしれない。

人智を越えた存在の思考は人間にはわからない、というのは永琳についての神主談。

 

八雲紫は神主にも永遠に理解できない存在だから、人の見方次第で善にも見えるし悪にも見える、というのが現状の個人的な八雲紫像である。

 

コメント

  1. V層もどき より:

    > このゲームはゲームである以前に『結界』である
    というお話の補足として、当時の幻想掲示板でのユーザーと神主とのやり取りをご紹介しておきます。

    > >そこでなのですが、八雲紫の根源はどこからきたのでしょうか?
    > 紫はねぇ。ほら境界なんですよ。可視光線と不可視光線の。
    > ほんのちょっと狂う(短くなる)だけで、紫外線です。
    (幻想掲示板『台風一過』投稿日 2004年10月10日(日)14時41分より)

    ここで言う、「可視」の世界と「不可視」の世界とが、「ゲーム画面/本のインクの染みた紙」と「その内に描かれる世界」に対応するものである、というところは、ご承知の通りであろうと考えます。

    • 公太郎 より:

      ありがとうございます、まさに!ですね。
      神主自身もコメントしていたようなと思っていたところで、情報提供感謝します

  2. 公太郎 より:

    補足として、
    ・原作のゲーム画面、漫画のコマ等は、スキマを通して見せられている(スキマから覗く目や手は我々?)。
    ・雑魚敵や大体の弾幕が画面を通過する中、紫には「画面の端を移動する」スキルがあり、つまり画面を認知している。

    といった見方ができる。