科学世紀とジル・ドゥルーズの哲学

幻覚度 8

はじめに
本稿はポストモダン思想と科学世紀について論じている。科学世紀という時代に対して、ポストモダンというかつての時代から切り込みを入れている。ポストモダン思想についてはジル・ドゥルーズの哲学を中心としながらも、一見科学世紀とは直接の関係がない議題を論じている。そのために、本稿はポストモダンの周辺事情について論じた本文の八割を占める長いインロトダクションと、それをもとに科学世紀について論じた二割の短い結論によって構成されている。読むのに費やす時間を惜しむ人は、最後の「科学世紀という時代の気質」だけを読むとよい。

ソーカル事件
 二〇世紀末に世間を騒がせた出来事として、「ソーカル事件」と呼ばれるものがある。それはニューヨーク大学の物理学者アラン・ソーカル(一九五五─ )がしかけたイタズラだ。「物理学者がしかけたイタズラ? なんだ、ライバルが所属する研究所にピンポンダッシュをしかけたとか?」と思われるかもしれない(健気にピンポンダッシュに向かう物理学者の姿を思い浮かべると、なんともシュールな笑いが込み上げてくるが)。ソーカルがしかけたイタズラとは、こうだ。一九九四年に、ソーカルは、「著名なフランスやアメリカの知識人たちが書いた、物理学や数学についてのばかばかしいが残念ながら本物の引用を詰め込んだパロディ論文」を作成し、「境界を侵犯すること:量子重力の変換解釈学に向けて」と題して『ソーシャル・テクスト』誌という現代思想(後述するが、二十世紀のフランスで流行した諸々の哲学)系の雑誌に投稿した。ところが、このインチキ論文は、なんと掲載されてしまったのである。論文は翌年に受理され、一九九六年の五月に発行の『ソーシャル・テクスト』にそのまま掲載された。
 ソーカルはその後、直ちに論文掲載の経緯を明らかにし、次のように語っている。「わたしはこの論文を、まともな物理学者や数学者なら(いや、物理や数学専攻の学部生ですら)だれでもインチキだとわかるように書いている」。ところが、この雑誌『ソーシャル・テクスト』の編集者は、そのインチキに気づかなかっただけでなく、高い評価まで与えたのだ。こうしたイタズラによって、論文を掲載した雑誌および編集者が、笑いものにされたのは言うまでもないだろう。雑誌の編集長は、「著者でさえ意味が分からず、しかも無意味と認める「論文」を掲載した」理由によって、一九九六年にイグノーベル賞を受賞した。
しかし、影響はそれだけにとどまらなかった。というのも、引用された文献の多くが、フランスの現代思想家、つまり二十世紀のフランスで流行した哲学者たちの文章だったからである。「フランスやアメリカの知識人」とは、哲学者たちのことだったのだ。このフランスで流行した哲学(以下、現代思想と呼ぶ)は、今までにあった数ある哲学の中でも、群を抜いて難解だったのだが、それが深遠な内容で、鋭い指摘に富んでいると人々が期待したのは、その難解さ、とりわけ諸科学の中でも特に徹底した厳密さを持つ数学の概念を、自在に操って自身の哲学に組み込んで魅せる思想家の姿ゆえであったのだ。しかし、ソーカルが言うにはむしろ、「ばかげた文章とあからさまに意味をなさない表現に満ちている」と分かったのである。彼らが物理学や数学「的」な概念を使って書いた文章は深遠なわけではなく、まったくのナンセンスだったのだ。
 これだけでも画期的な「事件」と言えるが、ソーカルのイタズラは一段と厳しさを増した。一九九七年になると、アメリカではなく現代思想の本拠地フランスで、戦闘を開始したのである。彼は数理物理学者のジャン・ブリクモン(一九五二─ )と共に『「知」の欺瞞』という著作の副題に「ポストモダン思想における科学の濫用」と題して出版し、次の年には『ファッショナブル・ナンセンス』というタイトルで、その英語版をも公刊した。その本で彼らは、フランスの現代思想家たちの文章を広範に取り上げ、それらがいかに意味不明であるかを、完膚なきまでに暴き出したのだ。
 例えば、次のような文章は、読者の目にはどう映るだろうか。

 概念は、体«体、コール»のなかで受肉されあるいは実現されるにもかかわらず、〈体なきもの〉である。だからこそ、概念は、それがそこにおいて実現される〈物の状態〉[事態]と混じりあっていないのだ。概念は、時空座標《座標、コオルドネ》などもたず、ただいくつかの強度的=内包的縦座標«縦座標、オルドネ»だけをもつ。概念は、エネルギーをもたず、ただいくつかの強度=内包量«強度=内包量、アンタンシテ»だけをもつ。概念は非エネルギー的なものである(エネルギーとは、強度=内包量«強度=内包量、アンタンシテ»ではなく、強度=内包量がひとつの延長的«エクスタンシフ»な〈物の状態〉のなかで広げられたり消去されたりするその様態なのである)。概念は出来事«出来事、エヴエヌマン»のことであって、本質あるいは物ではない。それは、ひとつの純粋な《出来事》、ひとつの此性、ひとつの存在態«存在態、アンテイテ»である。たとえば、《他者》という出来事、あるいは(今度は顔が概念として受け取られるときには)顔という出来事。あるいはまた、出来事としての鳥。概念は、{絶対的俯瞰の状態にあるひとつの点によって}、{無限な速度で走り抜けられる}、{有限個の異質な合成諸要素の相互不可分}として定義される。
(『哲学とは何か』、[]の補足は元の訳文のまま。以下、同書からの引用については同様。強調はドゥルーズとガタリによる)

そうした状況では、何よりもまず、カオスに対して科学と哲学がとるそれぞれの態度に差異が認められる。カオスは、その無秩序によって定義されるというよりも、むしろ無限速度によって定義されるのであって、そこ[カオス]においておおよその輪郭を現し始めるあらゆる形は、その無限速度とともに消散するのである。それ[カオス]は、或る空虚である──。すなわち、無ではなく、或る潜在的なものであるところの空虚である。この潜在的なものは、すべての可能な粒子を含み、すべての可能な形を描くものである。可能な形とは、共立性[堅固さ]も準拠[指示]ももたず、結果ももたずに、現れるやただちに消えるものである。それ[カオス]は、誕生と消滅の無限速度である。
(『哲学とは何か』)

考えを巡らせると、こんな読者の声が想像できる。「そうなんだ〜」「カオスって何? お前の文章のことか?」「なんもわからん」といった具合だろうし、実際何について論じられているのかすら、あまりに難解かつ抽象的な内容で、読者にとっては一切が不明瞭である。ソーカルの言うように、一見「ナンセンス」であることには違いないだろう。さらに言えば、ここに紹介した部分はこの本の中でも特別に難解な部分というわけでもない。始終こんな具合なのだ。


 ここに紹介したジル・ドゥルーズ(一九二五─一九九五)という人物は、二十世紀のフランスで活躍した哲学者だ。無論、先程の内容のように、彼の思想は難解なことで知られている。それでも、この本はその革命的な内容から、本国フランスではセンセーションが巻き起こったという。なんでもこの時代のフランスでは、このようなとびきり難解で分厚い本が、ベストセラーになって二十万部以上も売れたり、「小さな菓子パンのように売れる」と表現されたという話だ(始終こんな具合で!)。
 さて、こうした文章は、もしかしたら、深遠な思想のように見えるかもしれない。実際、そういった印象を受けた人もいるだろう。しかし、じつを言えば、これらの文章はナンセンスの塊ではないだろうか。今までこうした本の読者たちは、思想の内容が理解できないのは、自分の理解不足だと考えてきた。ところが、ソーカルとブリクモンによると、悪いのは読者の理解力ではなく、むしろ思想家たちのほうにこそその原因がある。思想家、つまりドゥルーズのような哲学者たちの文章そのものが、「欺瞞」に満ち溢れ、理解しようとしても初めから理解不能だったのだ。哲学書が難解なのはしばしばあることだし、それは一種の伝統ですらあるのだが、二十世紀のフランスで流行った思想たちは、その中でもとりわけ難解さが際立つばかりでなく、一部では物理学や数学の「濫用」を伴って論じられていた。
 ソーカルは『「知」の欺瞞』のエピローグで、現代思想が戒めるべき点を次の七つに絞って批判している。

一 自分が何をいっているかわかっているのはいいことだ
二 不明瞭なものがすべて深遠なわけではない
三 科学は「テクスト」ではない
四 自然科学の猿真似はやめよう
五 権威を笠に着た議論には気をつけよう
六 個別的な懐疑と極端な懐疑主義を混同してはならない
七 曖昧さは逃げ道なのだ

 この七つの点について、物理学者の須藤靖はソーカルを徹底的に擁護した上で、次のように言っている。「およそ科学の教育を受けたものにとっては、いずれも至極当たり前でしかなく、そのようなことをあえて繰り返し注意されなければならないような業界が学問分野として成立していること自体、信じられないはずです。科学では、研究成果はできるだけ明確に平易に書くように繰り返し教育されますし、私も学生に対して毎年そのような指導を繰り返しています。それに反して、多くの哲学的文章は、無意味に難解に描くことをもって良いしとする、明らかに間違った風習が定着しているようです」(『科学を語るとはどういうことか』)。右に引用したドゥルーズの文章を筆頭として、ソーカルによれば、現代思想のテクストは、文章自体意味不明なのだから著者自身何を言っているかわかっているはずがなく、いたずらに難解な文章を書いて神秘的なさまを装っており、自然科学をメタファーの倉庫のように使い、分野による関心の違いを混同し、世間によってたやすく権威的に見られる風潮を持ち、個別的な懐疑と区別せず包括的な懐疑を繰り返し、どのようにも解釈できるような性質を持ちがちである。

ポストモダンという時代の気質
 フランス現代思想の話をするために、まずこの思潮が誰によって論じられているかを話す必要がある。現代思想は、そのままにポストモダン思想と呼ばれることもある。モダンとは近代、ポストモダンであれば脱近代を意味する。フランス現代思想は構造主義、ポスト構造主義の名としても知られる。現代思想は主に一九六〇年代から八〇年代に大きく興り、レヴィ=ストロース、ラカン、アルチュセール、バルト、ドゥルーズ、フーコー、デリダ、リオタール、ボードリヤールなどが活躍した。多くは紹介もせずに通過するが、その中でもラカンやドゥルーズは数学や科学の概念を縦横無尽に扱っており、その誤用をソーカルらに指摘されている。
 フランス現代思想が持つ無責任的な志向の側面、あるいはそれがポストモダンという時代の気質であるのか。ソーカルは序文で『「知」の欺瞞』の目的についてこう書いている。

この本の目的は、ここで「ポストモダニズム」とよぶことにした「時代精神«時代精神、ツァイトガイスト»」──それは決してはっきりしたものではないにしても──に対して、限定されてはいるが、オリジナルな批判を試みることである。われわれには、ポストモダン思想全般を分析しようなどというつもりはない。われわれの目標は、この分野では数学や物理学の概念や用語の濫用がくりかえされているというあまり知られていない事実に、より多くの人の目を向けることである。さらに、ポストモダンの著作にしばしば見られる、自然科学の内容または自然科学の哲学に関連したある種の思考の混乱についても議論する。
(『「知」の欺瞞』)

 その上で、

われわれの目的は、まさしく、王様は裸だ(そして、女王様も)と指摘することだ。しかし、はっきりさせておきたい。われわれは、哲学、人文科学、あるいは、社会科学一般を攻撃しようとしているのではない。それとは正反対で、われわれは、これらの分野がきわめて重要であると感じており、明らかにインチキだとわかる物について、この分野に携わる人々(特に学生諸君)に警告を発したいのだ。
(同)

 ここにおいては、現代思想は頽廃的な文芸活動の域を出ない、無駄に文学的、諧謔的、衒学的な営みと目されている。現代思想が引率するポストモダンという時代精神が、学術的態度とは言い難い単なる「衒い」であることをソーカルは指摘してやまない。闇雲に科学や数学の概念を濫用し、それをあたかも当然のものとして捉えるポストモダン的な気質を危惧するのは、真っ当な科学者であるソーカルにとって当然の主張であろう。
 しかし同時に、現代思想による哲学の問題提起は、そうした文学性や諧謔性を避けられないものであるとしたことも確かだと言わねばならない。先に上げたドゥルーズの掴みどころのない難解な文体は、その実、その文体によってでしか解決できない問題の存在を提示している。理路整然とし、明快さを伴う、秩序立った、筋道の通った議論が第一に叫ばれる風潮の中で、あえて無秩序を擁護するような議論を敢行すること。秩序正しい議論では、秩序そのものに対して問題提起することができない。一見排除されがちな、秩序から逸れる、秩序からはみ出す差異を、あえて肯定する試み。
 フランス現代思想においては、総じて「差異」に注目している。むしろ、世界は「差異」から出来ており、差異をおいて同一性は存在しない。差異に先行する同一性は存在しない。フランス現代思想、とりわけドゥルーズにおいてはそのように主張される。固定されたものについて語るよりもまず、差異について語ることから始めようと、ドゥルーズは主張するのだ。というのも、差異を差し置いて同一性にのみ固執する考え方は、独断的な判断につながりやすい。次はドゥルーズからの引用である。

同一性は最初のものではないということ、同一性はなるほど原理として存在するが、ただし二次的な原理として、生成した原理として存在するということ、要するに同一性は《異なるもの》の回りをまわっているということ、これこそが、差異にそれ本来の概念の可能性を開いてやるコペルニクス的転回の本性なのであって、この転回からすれば、差異は、あらかじめ同一的なものとして定立された概念一般の支配下にとどまっているわけがないのである。
(『差異と反復(上)』)

 ドゥルーズによれば、同一性は原始にあるものではない。むしろ差異によって生み出される二次的な産物である。しかしそれは、同一性が一切のまやかしであるということを意味しない。同一性は確かに原理としては存在するが、それはあくまでも仮固定としてである。
 例えば、「私が自転車に乗る」という事態を考えてみるにあたって、一般には「私」や「自転車」が独立して存在しており、この両者が「乗る」という行為を経て接続されている。しかし、現実には「私」と「自転車」は複雑に絡み合っている。自転車を倒さないように、体のバランスは複雑に制御され、その要請に応えるように、複雑な処理がなされている。それは「私」と「自転車」が独立して硬直したまま働いているというよりも、一つのハイブリッドであり、複雑で多方向な関係性がさまざまにコントロールされる、一つの応酬である。それはカオスと形容することもできるだろう。しかし、同一性を基調とする意識的な判断においては、「私が自転車に乗る」という主語─目的語の関係でしか捉えられることがない。すべては複雑に交錯し、接続と切断を繰り返す世界観のもとで続けられるアクチュアルな思考こそ、ドゥルーズの追求する姿勢なのである。
 ドゥルーズの「差異化」を考える上で、可能性と潜在性の関係は、一つの手がかりになる。世界には物質的な〈もの〉があるよりもまず、〈流れ〉があるとしよう。鴨長明は「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」と書いた。移りゆくことのないものはなく、むしろ川のように移りゆくことそのものが世の理である。流れを「可能性」によって捉えることとは何か。それはちょうど、流れが展開する下図がどこかに描かれていて、流れるとは、こうした下図にしたがって何かが現れてくるプロセスであるとみなすことだろう。分化する卵細胞の中には、展開するすべてが含まれる。時間的な流れとは、そこに描かれている何かが姿を現すことであるという発想である。これはまさに可能性の発想に依拠しているといえる。発生や進化のプロセスが、あらかじめ入れ子細工の展開のモデルとして考える、そんな思考の枠組みである。そこで可能的なものが複数あって、実現に際しては複数の選択肢が介在するという場合においても変わらない。分岐が複数であることは、可能性の議論を原理的に変更するものではない。いやむしろ選択肢の幅を考慮することが、可能性に関連する着想としては一般的であるだろう。
 だがこうした可能性の論理を取ると、新たなものを産出するという流れの側面が失われてしまう。ドゥルーズが述べる潜在性とは、こうした可能性の論理とまったく異なったものである。可能性がどれほど複数的に設定されていても、それは最終的にこの世界が、流れとは別の場面ですでに(選択肢的に)決定されていることを意味している。これに対して潜在性とは、本質的に未決定的な原理である。未決定であるからこそ、流れのリアリティーが産出されるという原理は機能するのである。
別の言い方をすれば、可能性は、あらかじめそれが何であるかを描き出しうるものである。それは、すっかり現実化されたものとして、目の前に指し示すことができるものである。しかし、このように描かれる現実的なものとは、実際には生成の現場をあとから振り返って、はじめてとりだされるものではないだろうか。つまり現実が流れ去ったのちに、それを回顧するかぎりにおいてしか見出されえないのではないか。それはむしろ、現実化されたもののほうから後ろ向きに投射されたものにすぎない。可能的なものは事後的な投射であるがゆえに、逆に現実の全体を確定するものとして認識される。
 よって可能性とは、流れにとって二次的なものにすぎないことが示唆される。可能性を流れの下図とみなしてしまうことは、ある種の転倒を意味することになる。それに対して潜在性は、個々の要素を現実化させてしまえば、むしろその資格を失う。潜在性とは、あらかじめ何であるかを描きだすことのできないもの、現実化させてしまえばそのあり方が変容してしまうものである。流れの潜在性とは、こうした仕方で新たなものの産出を描く。
 それはちょうど、同一性に対する差異の関係に似ている。同一性に依拠しない差異の原理と、潜在性は重なる。ドゥルーズが描いてみせるのは、多様体の思考である。それはちょうど卵(ラン)のイメージに近い。表面的には均質的にもみえる卵の内部は、さまざまな分化に向かう力線に溢れている。しかし、どろりとした流体でしかない卵は、それが何になるのかが、あらかじめすっかり決定されているわけではない。それは、どの位置をしめるのか、いつ細胞分裂が始まるのか、とりまく環境はどうなのか、これらによってさまざまな揺らぎを含みながら、かたちをなしていく。多様なかたちをとるために、それ自身はかたちをなしていない力のかたまり、それが卵であり、潜在性である。

権力に抗して
 しかしなぜ、直感に反してまで同一性に反対しなければならないのか。なぜ同一性に固執することが悪しきこととして排されなければならないのか。ここには、ドゥルーズに限らず、ある重大な懸念が、ある一つの危惧が、同じ時代を生きる人々に、あるいは未来を生きる者たちにとって、明らかになりつつあった。ドゥルーズが何を念頭に置いていたかを理解するために、少し長くなるがドゥルーズ自身の言葉を引用したい。

実際、コントロール社会と呼べるような社会に私たちは入りつつあります。ミシェル・フーコーのような思想家は、私たちにとって非常に身近な二つのタイプの社会を分析しました。ひとつは、フーコーが君主権社会と呼んでいたもので、もうひとつは、フーコーが規律訓練的社会と呼んでいたものです。フーコーは、君主権社会から規律訓練的社会への典型的な移行を、ナポレオンと一致させていました。規律訓練的社会を規定していたのは──フーコーの分析は、正当なことながら、非常に有名なものであり続けました──、監獄、学校、作業場、病院といった様々な監禁環境の構成です。規律訓練的社会はこうしたものを必要としていたのです。
(「創造行為とは何か」、『ドゥルーズ・コレクションⅡ』所収)


 ここに言及されるミシェル・フーコー(一九二六─一九八四)はフランスの哲学者であり、先に挙げた現代思想の代表的論客の一人である。フーコーの権力論は、これまでの権力についての議論を大きく更新したとされる。これはどういうことだろうか。一般的に「権力」という場合、特定の人物や組織が、上から下へと、強制的、暴力的に支配、抑圧するという事態がイメージされる。ところが、フーコーによれば、それは絶対君主による君主権社会に限った権力であって、権力の全貌ではない。そこでフーコーは「処罰」の歴史的な推移をたどりながら、「権力」のあり方がどう変化したのかを詳細に解明する。フーコーが問題にするのは、一七、一八世紀の古典主義時代から、一九世紀以降の近代社会への転換である。フーコーによれば、古典主義時代では、犯罪に対する処罰は、君主が自分の「権力」を誇示するように、暴力的で残虐だった。ところが、近代になると、残虐な身体刑が消滅し、「監獄」が作られるようになる。

 この近代的な権力の典型が、イギリスの功利主義者ジェレミー・ベンサム(一七四八─一八三二)によって考案された「パノプティコン(一望監視施設)」である。これは、囚人を個別的に空間配置し、できるだけ少数の監視者で、できるだけ多くの囚人を合理的に監視するシステムだ。監獄では、規律訓練が施され、囚人は監視されているという視線を内面化して、自分の内発的な欲望として服従していく。ここでは、権力は上からではなく逆に下から、強制的にではなくむしろ自発的に働いている。
 フーコーによれば、こうした「権力」のあり方は監獄だけではなく、学校、寄宿舎、工場、病院、軍隊など、近代社会の閉鎖された空間では、いたるところで見出される。つまり、監獄は、そうした近代的な権力のモデルなのだ。監獄が工場や学校や兵営や病院に似かよい、こうしたすべてが監獄に似かよっても何にも不思議ではないのである。学校でも、工場でも、病院でも、そのどこにおいても、権力関係は存在している。これが、ドゥルーズが言及しているフーコーの「規律訓練的社会」にほかならない。監獄、学校、工場、病院といった環境は、人間の「しつけ」が行われる場所であり、規律訓練の現場なのである。「学校は社会の縮図である」という言説を見かけることがあるが、それはまさに監獄のような規律訓練的社会においてそうであるといえる。
 パノプティコンにおいては、囚人は看守によって監視されているか否かを把握することができない。囚人は、看守による監視、懲罰の有無に関わらず、自ら規律訓練を施すようになる。囚人は権威によって一方的に虐げられているのではなく、むしろ自分の方から自発的に権威に従う。ここにおいて、もはや権力は上から下へ流れるものではない。「君主権社会」では君主に抵抗することが権力に抵抗することそのものであったのが、「規律訓練的社会」ではその目安も見失われてしまう。
さらにドゥルーズは続ける。

フーコーは、当然ながら、私たちが新たなタイプの社会のなかへ入りつつあると考えていたのです。確かに、規律訓練的社会のありとあらゆる残滓が何年にもわたって存続しているわけですが、それでもなお、私たちは、自分たちがもうひとつの別のタイプの社会に入りつつあることをすでに知っています。この別のタイプの社会は、バロウズが提唱した語に従えば──フーコーはバロウズに対して熱烈な敬意を抱いていました──、コントロール社会と呼ばれるべきものでしょう。私たちが入りつつあるのは、規律訓練社会とはとても異なるかたちで規定されるような社会、コントロール社会なのです。私たちの面倒を見ようという者たちは、いまでは、あるいは、これからは、もはや監禁環境など必要としていないということです。すでに、これらのすべてが、すなわち、監獄も、学校も、病院も、絶えざる議論の場となっています。在宅ケアをもっと普及させたほうがいいのではないか。その通り。それが、おそらく、未来の姿でしょう。作業場や工場といったものは、ばらばらに解体されつつあります。下請け体制や在宅労働のほうがいいのではないか。刑務所以外にも人々を罰する手段があるのではないか。コントロール社会はもはや監禁環境を必要とはしなくなるでしょう。学校ですらも。学校と職業とを同時に進められたらどんなに素晴らしいかということを私たちに説明するような議論が、いま、まさに生まれつつあり、これから四〇年、五〇年のうちに展開されていきそうですが、こうした議論にはよく気を配っておく必要があります。生涯教育というものを通じて学校と職業が同一のものになってどう展開するのか、なかなか興味深い問題になると思います。生涯教育は、私たちの未来の姿なのであり、これによって、もはや必ずしも生徒たちはひとつの監禁環境のなかに集められなくなるでしょう。コントロールは、規律訓練ではないのです。 高速道路のことを考えてみて下さい。高速道路では、人々を監禁することなど問題ではなく、むしろ、高速道路を作りながら、様々なコントロール手段をどんどん増やしていくことが問題となるわけです。もちろん、それだけが高速道路の目的であるなどと言いたいわけではありませんが、高速道路において、人々は、まったく監禁されることなく幾らでも「自由」に周回することができる一方で、完璧にコントロールされてもいるのです。これこそ、私たちの未来の姿です。
(同)

 この指摘が一九八七年になされたという事実は、驚きであろう。インターネットの歴史に大きな関わりを持つワールド・ワイド・ウェブの公開がなされたのは三年後の出来事である。ここで言及される規律訓練的社会というフーコーの指摘はもはや──フーコー自身も予期していたように──、過去のものになりつつあるのだ。われわれは新たに到来する別の社会と直面しつつある。それはコントロール社会、管理社会である。それは高速道路に例えられている。それは「しつけ」が行われるまでもなく、健全に、順調に運用される。個々の自動車の運転手は「抵抗」を試みようなどとは夢にも思わないだろう。君主権社会や規律訓練的社会では、権力者に対して抗う姿勢を見せることが抵抗行為そのものだった。しかし、コントロール社会においては事情が異なる。権力者は目に見える形では存在しえない。
 やや凝った例を挙げることにしよう。ディストピア小説の金字塔であるジョージ・オーウェル(一九〇三─一九五〇)とオルダス・ハクスリー(一八九四─一九六三)の作品から、フーコーの指摘した「規律訓練的社会」とドゥルーズが言及した「コントロール社会」の関係性を読み取ってみたい。
 オーウェル『一九八四年』(一九四八)は、全体主義国家によって統治された近未来世界の恐怖を描く、近代文学の傑作の一つに数えられるディストピア文学の代表的作品である。この小説には「ビッグ・ブラザーはあなたを見ている」という象徴的なフレーズが登場する。人々は「テレスクリーン」という双方向テレビジョンや各地に仕掛けられたマイクによって、屋内、屋外を問わず常時、体制による監視を受けている。〈党〉とだけ称される体制を率いるのは「ビッグ・ブラザー」という黒い髪に口ひげを蓄えた人物だが、物語の中で本人は登場せず、どこで活動をしているのかはおろか、実際に存在しているのかさえわからない。街中には「ビッグ・ブラザーはあなたを見ている」というポスターが貼られている。
 これはパノプティコンの構造そのものである。主人公含む民衆たちは、体制の監視によって規律訓練を自らに施す。ビッグ・ブラザーが実在しているか否か、監視が実際になされているかはここでは問題ではない。テレスクリーンは権力を媒介する装置であり、看守の役割を担うが、体制はテレスクリーンを使って監視する必要がない。オーウェルの作品は、フーコーの言う規律訓練的社会を如実に表しているように思う。
 一方ハクスリーの場合には、よりフレキシブルな体制が敷かれる。『すばらしい新世界』(一九三二)では、人間は受精卵の段階から培養ビンの中で選別され、階級に応じた役割や知能、体躯に分けられる。また、この時点で予防接種を経ているため、人々は病気にかかるという体験をすることなく、六〇歳ほどで死ぬまで老いることもない。出生後は、睡眠教育によって自らの環境に疑問も持たないように教え込まれ、人々は自分たちの生活に完全に満足している。嫌な気分になったときは、「ソーマ」という快楽薬が楽しい気分にさせてくれる。人はビンから生まれるという性質上、家族はなく、したがって結婚もない。隠し事もなく、嫉妬もない。人々は満たされているために、社会が不安定になることは決してない。
 オーウェルにおいては「圧政」と言われるべき状況が、ハクスリーにおいては必ずしもそうでない。人々は自ら統治を望んでいるばかりか、規律訓練的社会の場合よりも強力な権力の装置を発動している。この物語の主人公は、設定されたはずの体躯で生まれることがなかったがゆえに劣等感を抱き、社会からの疎外感に苦しみ続ける男である。そのために主人公は、世俗に対する消極的な態度であったり、いささか社会に対して反抗的な姿勢を見せることになる。しかしそれでも、主人公のような不穏分子は、新世界ではただの変人として扱われる。オーウェルの場合には「思想警察」によって連行され、「愛情省」による再教育を経て、世界についての認識を自ら改めてから、体制によって処刑されるという徹底的な過程を踏んでいるのに対して、ハクスリーにおいては、左遷されるなどといった不利な側面はあっても、変人は決して懲罰の対象にはならない。
 無論これは、社会における不穏分子が体制によって管理されておらず、自由に放任させているということではない。人々はコントロール下にあるのである。ハクスリーの社会はコントロール社会である。高速道路の例を思い出してほしい。高速道路では、人々を監禁したり懲罰を与えたりといったことは行われない。高速道路においては、高速道路を拡張しながら、さまざまなコントロール手段を増やすことが目的となる。
 無自覚であるということは権力が存在しないことを意味しはしない。また、規律訓練が存在しないことを意味するわけでもない。むしろ、より強力な権力が、流れを変えて働いているのである。コントロール社会は、権力への責任をより無自覚にすることによって、自らの目的を達成する。
 ハクスリーにおいては、民衆はオーウェルの場合とは異なった状況におかれる。ここでは、ビッグ・ブラザーという象徴的な虚構による規律訓練的社会から、象徴的支配者を必要としない、よりフレキシブルな体制へと移行している。コントロール社会においては、規律訓練的社会とは異なる権力体制が敷かれるが、これは後に述べる、極度に構築された「条里空間」の姿そのものである。それに抵抗するためには、われわれが能動的かつ主体的に行動するしかない。それはビッグ・ブラザーのような権力の象徴に対する抵抗ではない。新たな形態へ向かうものとしての抵抗である。

フーコーに記述されたもろもろの規律・訓練«規律・訓練、ディシプリン»は、わたしたちが少しずつそうであるのをやめているものの歴史なのであって、しかもわたしたちのアクチュアリティーは、最近の閉じられた規律・訓練とはひどく異なる。開かれたかつ連続的なコントロールの様々な態勢のなかで素描されるのである。フーコーはウィリアム・バロウズと考えが一致している。というのも、バロウズは、規律・訓練されるというよりむしろコントロールされるわたしたちの未来を告げているからである。そうした未来はもっと悪いものかどうかということが、問題となっているのではない。なぜなら、わたしたちはやはり、そうした新たな支配に抵抗しうる〈主体性の生産〉に訴えることができるからである。しかも、そうした主体性の生産は、最近まで規律・訓練に抵抗して働いていた〈主体性の生産〉とはたいへん異なるのである。そこには、ひとつの新たな光、いくつかの新たな言表行為、一つの新たな力«力、ピュイサンス»、いくつかの新たな形態の主体化があるだろうか。どの装置においても、わたしたちは、もっとも近い過去のもろもろの線と近未来のもろもろの線を〔…〕解きほぐさなければならない。〔…〕この時代に逆らって、したがってこの時代に向かい合って、そして来るべき時代のために活動し、その来たるべき時代をわたしは望むということだ。
(「装置とは何か」、同)

「差異化」をめざすスタイル
 目に見えてわかる権力の象徴に対してではなく、権力そのものに対して抵抗を行う、そのための「差異」の哲学。「差異」を基調とするドゥルーズの哲学は、彼自身、その精髄を著述のスタイルの中に組み込んでいる。同一性を退け、あくまでも差異の原理に寄り添い、定点を持たないような思考を続けること。そのようなスタンスは、ドゥルーズ自身の文体の中に如実に現れている。

例えば、フェリックス・ガタリ(一九三〇─一九九二)という精神分析家を迎え、共著というかたちで一九七二年に発表した『アンチ・オイディプス』という著作は、その内容といいスタイルといい、始終奇怪な形で展開される。それらしい説明もなしに「欲望機械」、「器官なき身体」、「脱領土化」、「分裂分析」といった中心的概念が披露され、冒頭からサミュエル・ベケット、ゲオルグ・ビュヒナー、J・M・R・レンツ、T・E・ロレンス、ヘンリー・ミラー、アンリ・ミショー、ミシェル・カルージュ、アドルフ・ヴェルフリ、マルセル・デュシャン、フランツ・カフカ、レーモン・ルーセルなど、作家、詩人、芸術家の名を挙げ、巧みに説明の語り草とする。しかし、素人目には何が何やらわからない。フランスの文学事情に通じていない読者には、ただいたずらに難解な文章を読まされているような印象を受ける。「銀魂で例えてくれればいいのに」とつくづく思う。

ミッシェル・カルージュは、彼が文学作品の中に発見したいくつかの幻想的機械を「独身機械」と名付けて、他から区別した。彼があげている例はじつに多様であり、一見、同じカテゴリーの中に入りうるものとは思われない。デュシャンの『裸にされた花嫁…』、カフカの『流刑地にて』の機械、レーモン・ルーセルの諸機械、ジャリの『超男性』の諸機械、エドガー・ポーのいくつかの機械、ヴィリエ・ド・リラダンの『未来のイヴ』等々。考察された例によって重要さは異なるが、これらの機械をひとつにまとめる特徴は、次のようなものである。まず第一に独身機械は、拷問、暗い影、古い〈掟〉を具えていることによって、古いパラノイア機械を示している。ところが独身機械そのものは、パラノイア機械ではない。歯車、移動台、カッター、針、磁石、スポーク、といったあらゆるものが、独身機械をパラノイア機械から区別するのだ。
(『アンチ・オイディプス(上)』)

 まるで自ら、理解されることを拒むかのように振る舞う、マグマのように苛烈な文体とカオスな文脈で構成された本。『アンチ・オイディプス』の英訳書(一九七七年)に掲載されたフーコーの序文には、これに対する一つの見解が述べられている。その序文で、フーコーはこの書物の意義を次のように語っている。

『アンチ・オイディプス』を新たな理論的レフェランスとして読むのは恐らく誤りだろう〔……〕私の思うに、『アンチ・オイディプス』の最良の読みかたは、「技芸«技芸、アート»」として〔……〕この本に接近することだ。
(『ミシェル・フーコー思考集成Ⅷ』、『フランス現代思想史』からの孫引き)

 理論体系としてではなく、一つの技芸として扱うこと。書物は、性質上ただ一つの解釈の受容を要請する。それは著者の解釈である。ただ一つ真であると見なされるところの要請を退け、著者の本意とは別様に意図された解釈を与える試み。絶えず別のものを生み出し、新しいものを創り出すこと。ドゥルーズが目指す差異の肯定の実践。実際、ドゥルーズとガタリはこの本をいくらでも、別様に解釈できるよう書いたといい、二人が『アンチ・オイディプス』の中心概念である「器官なき身体」を別様に理解していたとも述懐している。そのことは、この概念を豊かな、開いたものにしただけで、共同作業の妨げには少しもならなかったようだ。二人が『アンチ・オイディプス』の続編として書いた『千のプラトー』(一九八〇)の序文からも、そうした意図を伺うことができる。

われわれは『アンチ・オイディプス』を二人で書いた。二人それぞれが数人だったのだから、それだけでもう多数になっていた。
(『千のプラトー(上)』)

 この『千のプラトー』にしても、二人は緒言に、この書物が章ではなく、「プラトー」(高原)によって構成されているとした上で、「ある程度まで、これらのプラトーは、たがいに独立に読みうるものであるが、結論だけは終わりに読むべきである」と書く。読む順番を問わない読み方を勧めることが、そのまま多様な解釈の源泉になることを意図してのことだろう。やはり、ドゥルーズは差異の肯定を徹底する姿勢を崩さない。書物が性質として持つただ一つの解釈の受容の要請を退け、あくまでも差異の生成の原理に、彼はこだわり続ける。
 その中で彼は「リゾーム」という概念を提示するとともに、著作を通じて、その理念に則った姿勢を見せる。リゾームとは、主軸なく複合的に絡みあう根茎を意味している。それと同様に、この書物でそれぞれのプラトーは、いわばどこからでもそこに入ることができ、どこからでも出ることができる主題を扱うものとして描かれている。

しばしのあいだドゥルーズから離れて、別の現代思想の論客を話題にしてみたい。紹介するのは、ジャック・デリダ(一九三〇─二〇〇四)、フランスの哲学者である。デリダにおいては、ドゥルーズほど明らかな形ではないにせよ「差異」を重視する。彼の哲学は『声と現象』(一九六七)、『グラマトロジーについて』(一九六七)、『エクリチュールと差異』(一九六七)によって示されており、これらが初期の代表作とされる。しかしその後、彼の文体はより実験的、アクロバティック的で、人を試すようなものになる。すべての頁が左右二つの欄に区切られ、左と右とで別の人物が論じられるという奇怪な構造を持ち、三〇〇頁近い『弔鐘』(一九八〇)、あるいは、ほぼ半分が断片的な疑似書簡で占められ、残りに収められた理論体系もまた未完成なもので終わる五五〇頁強の『絵葉書』(一九七四)、そこでは、ほとんど読者の支持を期待できない実験的文章がただ何百頁も展開されている。これについては、比較的論旨が明快であり、体系的でかつ、論文や著作の体裁で議論を展開する前期デリダに対し、実験的で文学的、あるいは人によって諧謔的とさえ受け止められかねない文体を特徴とする後期デリダを分けることができるだろう。後者のスタイルへの保守による制度的な反発は、のち九〇年代、ケンブリッジ大学が彼に名誉博士号を授与する際の深刻な意見対立にまで尾を引いている。
 ドゥルーズの議論を踏まえたわれわれであれは、ここに顕著な「差異化」の意図を見ることができる。デリダはドゥルーズがガタリとともに『アンチ・オイディプス』や『千のプラトー』で展開したスタイルと同じ方向を目指したのであろう(しかし、デリダがただドゥルーズに追従したわけでは決してない)。実際、後期デリダの著作では別のデリダ自身のテクストへの暗黙の参照や引用、論述の意図的中断や迂回によって極度に断片化され重層化される。そのためわれわれはそこでは、ひとつの論文のなかにあるいかなる指示もなしに造語や新しい概念が登場し、かつその含意については他の論文やあれこれの哲学的テクストを参照しなければならないといった事態に頻繁に出会うことになる。そしてその環境のもとでは、デリダを読むことは暗号解読の様相を呈するようになる。したがって、デリダの難解さはもはや内容にのみ関わるものではなくなり、それはむしろスタイルに、より正確には、そのテクストにおいてそのようなスタイルが選択されたことの動機に関わる。ではなぜ、あるいはどのような意図のもとで、デリダはこのようなスタイルを選択したのか。
 一般にその疑問には、素朴な答えが与えられている。前期が理論的に主張したものを、後期は実践したというものである。ドゥルーズが自ら著作の中で示したように。例えばデリダはインタビューの中で「問題の渦中に投じられるのは、書物の統一性«統一性、ユニテ»なるものであり、一つの見事な全体«全体、トタリテ»と目される「書物」という統一体«統一体、ユニテ»〔…〕なのです」(『ポジシオン』)と述べている。理論的なものの限界を見定め、別のパースペクティブを構築すること。それこそ、デリダやドゥルーズが見出した差異の哲学の地平であるのだ。

条里空間と平滑空間
 引き続きドゥルーズの議論を追ってみたい。ドゥルーズは二つの世界のモデルを提案している。「条里空間」と「平滑空間」である。前者は碁盤の目のように、空間を幾何学的なあり方で区切ったものである。それに対して後者の平滑空間は、たとえば砂漠や海のように、一見するとそこでの指標となるものが失われた空間のことである。
 前者は、形相的で固定的な測定の対象を指す。後者については、砂漠や海洋がとりあえずはイメージされるだろう。後者はそれ自身として流体的であり、測定における把捉を逃れていく。
 条里空間とは、条里自身が空間を明確に区分する単位であることからもわかるように、計測が可能な空間である。同時にそれは、区間が適切に管理されることを意味してもいる。それは農業と深いつながりを持つ。国家は、つねに徴税のシステムをそなえている。もちろん徴税は、通行や船舶の通過など、さまざまなものに対してなされてきた。だが、国家の起源と農耕のテクノロジーが切り離しえないように、条里化された空間にもとづいた徴税は国家の最大の基盤であったといえる。
 条里空間は、将棋にたとえられる。つねに役割が固定化された駒の、指定された動きによってゲームが展開されるものである。それは「制度化」され、「規則化」され、「コード化」されたものである。それはまた、「ポリス」=警察や内的な「警備」のことを指しもするだろう。国家がなすことは、おおよそこうしたモデルで描かれる。
 これに対して、その外部にあるものは条里にとらわれることがない。そこでは農耕文化が土地を扱う上で必然的にそうであるような、領土のコード化を軸とする陣取り合戦ではなく、陣地の配置を一気に変更させたり、変容させたりする働きこそがみいだされる。これは将棋に対して碁にたとえることができよう。将棋が駒ごとに役割を「制度化」するのに対して、碁においては開かれた空間のなかに石を分配して空間を保持し、いかなる地点にも出現しうる可能性を維持するものである。それこそが、平滑空間の出現である。
 それにはちょうど定住民と遊牧民という対比とか重ね合わされる。国家とはその定義上「定住民」から構成される。国家においては、人口の把握と土地のコード化が、もっとも中心的な仕事なのである。国家の機能とは、人間たちに閉ざされた空間を配分し、各人にそれぞれの持分としての部分的空間を指定し、かつそれぞれの部分間の交通を規制する。その意味で、国家に適した定住民とは農耕民にほかならない。農耕民は明らかにある種のテクノロジーを保持している。しかしながら、こうした農耕民があつかう事象とは、徹頭徹尾条里化された国家の自然である。
 それに対して「遊牧民«遊牧民、ノマド»」は平滑空間という開かれた空間を生きるものである。遊牧民は、条里に閉ざされることのない平滑空間を作動させる。遊牧民の行程は逆に、人間たちを開かれた空間に配分するのであり、開かれた空間は無限定であり、部分間の交通も存在しない。それによって平滑空間は、あらゆる条里化の試みに対して、それを無秩序に還すかのような働きを加える。放牧民«遊牧民、ノマド»に倣ったノマドロジーあるいはノマディズムとは、放牧性を意味するものとして見てよい。定住しないことを特徴とする放牧民的生活であるが、喫茶店などに電子機器を持ち出し、定まった仕事場を設けない一つのライフスタイルとして流行ったことがある。
 遊牧民は移民ではない。条里空間と平滑空間について論じられた『千のプラトー』では、「遊牧民とはむしろ動かないものである」という、イギリスの歴史家アーノルド・トインビー(一八八九─一九七五)の言葉を引き合いに出す。実際には遊牧民も移動するだろう。だがその移動は移民のように、失業によって、あるいは生活に貧して、ある土地から別の土地へ移動することではない。むしろ、平滑空間を拡張するように生きるテクノロジーを備えた者たちが遊牧民なのである。これは先の碁の比喩をもちいれば、いかなる空間にでも唐突に現れるものを指している。
 このように、ドゥルーズは条里空間と平滑空間というモデルを提案する。前者が農耕社会に端を発し、土地の占有に固執する「国家」の装置であるのに対して、後者は定住しない遊牧民的姿勢によって、常に移動する流れる水脈のような開かれた空間である。

別の例に即して理解を深めてみたい。街路が規則正しく東西と南北に直行する様子から、京都の街は「囲碁の目」と呼ばれる。この構造は、七九四年の平安京の時代の条坊制に始まり、安土桃山時代における天正の地割や、明治から大正にかけて行われた京都市三大事業を経て今にいたる。京都における囲碁の目は、そのままドゥルーズの指摘する条里空間の様相そのものである。有史以来、日本人は農耕民であった。いや、歴史という捉え方自体、農耕によって育まれた条里的な「文明」と不可分であるのだから、この指摘はいささか的外れであろう。農耕民はその性質上、定住民であることを運命づけられる。定住するために、あるいは互いに領土を占有するために、人々の住居は規則正しく区分けられる。定住という暮らしは、条里空間の生起を要請する。それは集権的な政治体制を形成するとともに、「制度化」され、「規則化」され、「コード化」される。文章によって明記された制定法は条里である。法律、徴税、戸籍は、条里化の流れのうちにあるとともに、条里化の流れそのものである。
 平滑空間の発生する例が遊牧民であり、遊牧民が、条里に閉ざされることのない平滑空間を作動させるということは述べた。しかしその一方で、条里空間に平滑空間が発生することはありうる。それは革命であったり、ゼネストであったり、闘争であったり、戦争であったりする。革命においては、秩序的な構築物は、積まれた積み木が崩れるようにして倒壊する。それは既存の価値の崩壊であると同時に、新たな価値の導入でもある。旧来の状況から決別し、違うものを生成する現場が、平滑空間にはある。

 平滑空間とは何か。それはちょうど、アメリカの画家ジャクソン・ポロック(一九五二─一九五六)が描く絵画の姿である。ポロックの絵には、終わりもなければ始まりもない。この絵には目的にそった土台も、基底も、主役もなく、ただカオスが描かれている。あるいは、カオスに描いている。それは幼児の落書きのように無邪気でいて、まるで世界そのものを素描しているかのようでもある。ポロックの絵に対して、われわれは先に言及した鴨長明の「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」という言葉を思い出すことができる。ポロックの絵画は一つの個物を表現しているというよりも、流動そのものを表現している。またあるいは、ここでドゥルーズの「潜在性」を持ち出すこともできるであろう。「可能性」が後ろ向きに投射されたものであれば、潜在性の理念はカオスの様相を呈するであろう。

 ならば、それに対して、この上なく条里空間的な画家はピート・モンドリアン(一九七二─一九四四)であるかもしれない。モンドリアンの絵画には線と面と色だけが存在している。線と面からはみ出るような差異は、ここには存在しない。この異様なまでに法則に実直な様子は、先に挙げた京都の「囲碁の目」を彷彿とさせる。囲碁の目においては、「制度化」の働き、すなわち条里空間が生起している。それぞれの面は民衆によって占有された領土である。奇妙なことに、両者の筆致は性格上正反対であるのにもかかわらず、いずれも抽象絵画として扱われるのは驚きだ。
 またドゥルーズは、主軸なく複合的に絡み合う根茎のモデルを「リゾーム」と呼び、「樹木(ツリー)」のモデルと対比して議論を展開する。「リゾーム」とは、タケやハスやフキのように横に這い、根のように見える茎、地下茎のことである。しかし先述のように、「リゾーム」は「樹木」と対立する。 「樹木」は、われわれがふつう秩序と呼ぶもののあらゆる特徴をそなえている。これには一本の幹、あるいは中心がある。それを支える根、幹から広がる枝は対称的に広がっている。中心(幹)からの距離によって定められる序列があり、規則的、あるいは対称的に、幹から枝、枝からさらに細かい枝へと、同じかたちの分岐が中心から末端に向けて繰り返される。 これに対して「リゾーム」には、全体を統合する中心も階層もなく、二項対立や対称性の規則も、同型の反復もなく、ただ限りなく連結し、飛躍し、逸脱し、横断する要素の連鎖があるだけである。
 「リゾーム」は平滑空間に、「樹木」は条里空間に対応している。中心や軸を成さない地下茎のように、ポロックは描いている。一方、モンドリアンが描くのは秩序である。これは着想としては「樹木」に近い。
 しかし、条里空間は条里空間として、また平滑空間は平滑空間として独立して存在しているわけでもない。ドゥルーズは平滑を条里に対して、その動的な側面を評価しているが、条里空間は平滑空間に絶えず侵食され、平滑空間もまた条里化の過程にある。

この二空間は、事実上、互いの混合においてしか存在しないと言わざるをえない。平滑空間はたえず条里空間の中に翻訳され、そこを横断する一方、条里空間は平滑空間にいつも反転し、送り返される。条里空間では、砂漠さえも組織され、平滑空間では、砂漠が勝り、拡張するのだが、この二つは同時に進行する。
(『千のプラトー(下)』)

 近代社会、そしてコントロール社会は、平滑の条里化のただなかにあるが、それでも平滑空間は予期せぬ偶然性として内在しているのであって、世界の完全な条里化が実現されることはないだろう。それはちょうど、避けられない悲運であるとともに、人の手によって排除されえないところのものである。
 先に言及したオーウェルやハクスリーに並ぶディストピア文学の代表的作家、エヴゲーニイ・ザミャーチン(一八八四─一九三七)は、『われら』の中で、これに類した、ある種の宿命について言及する。物語の舞台は、すべてが秩序的に管理された〈単一国家〉である。ガラス製の集合住宅は住民の行動をすべてつつぬけにし、道路には盗聴器が仕掛けられ、監視用の航空機が飛行する。住民は体制が管理する〈時間タブレット〉によって、起床時間、食事時間、勤務時間、散歩の時間、性行為の日時も規定される。すべては前もって決められているがゆえに、住民同士は互いに隠し事をする必要がない。それでも、自由のために、自らの正義のために行動する者たちが登場する。彼らは「最後の数などない」と主張する。最後の数とは、最終的に最も望ましい事態、または最後に起きた革命のことである。体制による条里化は、条里による、秩序による包括を世界の最後の形態として提示して然る。しかし、世界とは決して有限の枠組みにおさまるものではない。始まりがあり、終わりがあるというのでは決してない。なるほど宇宙の始まりは一般にビッグバンによるとされているが、しかし、ビッグバン以前には「無のゆらぎ」があったとされており、当然「無のゆらぎ」からさらに時間的にさかのぼることも可能であろう。また、より後、より未来の世界を想定することも可能であることは疑いえない。世界とは一つの無限性なのであり、われわれは常に生成の途上にあるのである。したがって、最後の数は存在しない。世界の様相を反転させる平滑空間の到来は、決して避けられるものではない。
 まとめよう。ドゥルーズは差異の哲学を構築した。それは同一性に回収されえない差異化の運動の肯定である。差異を肯定する上で、重要なのは世界を「可能性」ではなく「潜在性」で捉えることだった。また、フーコーの提示した「規律訓練的社会」に対して、現代という時代が「コントロール社会」へ移行しつつあることもドゥルーズは指摘した。さらにドゥルーズは、「条里空間」と「平滑空間」という別のモデルを導入し、それぞれが「樹木(ツリー)」と「リゾーム(地下茎)」に一致すると考えた。ドゥルーズは明らかに、差異はもちろん、潜在性を、平滑空間を、リゾームを肯定的に扱っている。ポストモダン的なスタイルは、この差異に対する根源的な肯定において、その実践において避けられないものであったといえる。

科学世紀という時代の気質
 時代の変遷とそれをめぐる思潮について考えてみる。一七八九年には近代において一つの象徴的な出来事が起こる。フランス革命である。フランス革命においては、人間は神への無条件な信頼を捨て、人間の理性へと帰依するようになり、これが近代という時代の幕開けとして考えることができるだろう。ホッブズ、ロック、ルソーに代表される社会契約説や、ニュートンによる物理学の革命、ダーウィンの進化論は、その直接の系譜と見なすことができる。そこには神への信頼を捨て、新たに人間の理性に立脚する、啓蒙の精神が見出される。一九二四年にはダートによって、人間と猿との生物学的な橋渡しとなるアウストラロピテクスが発見され、神との決別は明らかになる。
 その後には現代が始まる。現代を代表する思想的潮流の一人に、マルクスがいる。マルクスによれば、貧富の差を拡大させる資本主義は終わりを迎え、新しい政治形態である社会主義が始まるという。その後、マルクス主義に揉まれるような形で、クロード・レヴィ=ストロース(一九〇八─二〇〇九)によって構造主義が生まれる。この構造主義以後の思潮を、ポストモダンと呼ぶことができるだろう。ポストモダンは脱近代を意味する。フランス現代思想の代表的論客の一人であるジャン・フランソワ・リオタール(一九二四─一九八八)は、西欧資本主義の最近の状況を「ポストモダン状況」と呼んで、それが旧来の社会からいかに離脱したのかを描いている。その当時、西欧先進諸国では、消費社会の進展や情報通信技術の発達によって、「近代」とは異なる状況が出現している。もはや、二〇世紀のはじめに、大きな期待とともに受け入れられたマルクス主義的な革命の理想は有効ではなくなったのだ。マルクス主義の凋落が明らかになったあと、人々は何を信じればいいのか。ドゥルーズを始めとした現代思想家たちは、こうした問いに対して応答するような形で、一つの答えを提出しているように見える。
 その後には当然、科学世紀が登場する。科学世紀において、急速な科学技術の発展によって人々は様々な恩恵を受けることができる。医療面では治せない病気は存在しない(『伊弉諾物質』)。商品は供給過多のために不自由せず、日々膨大な量の情報がやりとりされる(『燕石博物誌』)。実験的手法や観測を欠いている理論物理は、観測を欠いているがゆえに実証されることはなく、また、重力と他の力との統一、超大統一理論はこの時点で完成しているため、物理学は事実上終焉を迎えている(『大空魔術』)。世界は急速に発展し、豊かになった。科学世紀は資本主義の最終段階である「人口調整」に移り、選ばれた人間による勤勉で精神的に豊かな国民性を取り戻すことに成功した(『大空魔術』)。
 しかしその一方で、科学世紀の秩序的な社会に対する変則的な流れもまた存在している。それは「相対性精神学」である。相対性精神学は、科学に対するいくつかのアンチテーゼを提唱している。客観的真実なるものは存在せず、真実は主観の中にある(『夢違科学世紀』)。夢と現実は区別はするが同意語である(『夢違科学世紀』)。そこでは科学主義に対して「前時代的」と反駁されている。相対性精神学は、科学によって育まれたわれわれの通念に反する事柄を主張する。これを鑑みて、相対性精神学の勃興を軸にそれぞれ前期科学世紀と後期科学世紀に分けることができるだろう。ここでの時代の流れを整理すると、近代→現代・ポストモダン→前期科学世紀→後期科学世紀となる。なお、前期から後期への科学世紀の変遷や、その変遷に相対性精神学がどのように関わっているかについては、本稿では触れない。
 注目すべきは、ポストモダンから科学世紀への流れであろう。そのためにはポストモダンの衰退について語らねばなるまい。ドゥルーズとガタリが『千のプラトー』を発表した一九八〇年、フランスの思想界は大きな転換点を迎えていた。構造主義の衰退が、いまやはっきりした形で自覚できるようになったのだ。この年に、バルトが急死し、アルチュセールも精神錯乱の上で妻を殺害した。同じ年、ラカンによって指導されたパリ・フロイト派が分裂し、その翌年にラカン自身も死を迎えた。さらには、フーコーが『性の歴史』(一九八四)の第二・三巻を出版したのちにエイズによって死亡したのである。こうして八〇年代前半には、レヴィストロースとデリダを除く主要な現代思想家たちが、舞台から退場してしまった。一九九五年にパロディ論文を発表したソーカルは、一九九七年にはブリクモンとともにポストモダン思想を批判する意図で『「知」の欺瞞』を発表するが、この時点でポストモダンをめぐる議論は、すでに衰退を迎えつつあったということだ。さらに二〇〇四年にはデリダが亡くなり、二〇〇九年には長命だったレヴィ=ストロースも死去して、指導的思想家たちはすべて姿を消してしまった。すでに彼らの影響が完全に無視されたわけではないが、全盛期(一九六六)にはフランスのパリが構造主義(ポストモダン思想)に燃え上がり、サッカーの監督までもが「構造主義的再編によってチームの成績向上をはかる」と発言したという流行具合を見ると、やはり退潮のただ中にあると言わざるを得ない。
 日本でのポストモダン思想の受容は、一九八三年に刊行された浅田彰『構造と力』に依るところが大きいだろう。二〇二二年の時点で累計五八刷、一六万七三〇〇部となっており、思想書としては異例の事態である。そこにはレヴィ=ストロース、ラカン、ドゥルーズ、フーコー、デリダらの思想が、要約された形で日本に紹介され、この本はニューアカデミズムとしてある種の社会現象を引き起こした。しかしやはり、一九九〇年代後半にもなると、ポストモダン思想は日本でもほとんど話題にならなくなる。ここでフランス現代思想は、一つの幕を下ろした。ポストモダンから科学世紀へは、どのようにつながるのかという問いに答えるには、やはり彼らポストモダン思想家たちが何を課題にし、何を危惧していたかがヒントになるだろう。すなわち、社会を考える上で何が問題となるのか、あるいは何を選択すべきか、どう答えるのか、である。
 ドゥルーズの持ち出した条里空間と平滑空間の対比を思い出してほしい。彼は農耕民的な「制度化」がなされる場を条理空間と呼び、遊牧民的な開かれた場を平滑空間と呼ぶのであった。徹底的な秩序化がはかられ、管理の行き届いた社会は、条里空間の手本といって然るべきだろう。商品の生産、供給、消費は、ラインにそうような形で完遂される。流れを破壊するアクシデントは、当事者たちによっては悪しき伝統として、歓迎されることがない。それは秩序化の働きを逃れる、一つの変則的な潜在性の顕現の一例として見ることができるのにもかかわらず。これは資本主義社会一般、西洋文明社会一般、近代化社会一般に見られる状況といえる。高度に接続された、商品の流通の経路そのものである。ドゥルーズは次のようにいう。

国家の基本的任務の一つは、支配の及ぶかぎり空間を条里化すること、すなわち条里空間のための交通手段として平滑空間を利用することである。単に遊牧民を征服するだけでなく、移民を管理すること、より一般的に言えば、「外部」全体に、世界空間を貫くもろもろの流れの総体に、法の支配する地帯を君臨させること、──これらは各国家にとっての死活問題である。なぜなら国家はあらゆる種類の流れを、人口の、商品すなわち商業の、そして金ないし資本などの流れを、可能なかぎりどこでも捕獲する過程と切り離せないものだからである。さらにそのためには、速度を制限し、流通を規制し、運動を相対化し、もろもろの主体と客体の相対的運動を細部にわたって加減するような、規定された方向をもつ固定した行程が必要である。
(『千のプラトー(下)』)

 国家装置は、農耕において土地を占有することを基本的な任務とする。それは空間の条里化、秩序化、制度化であり、外部に対して区切りを設けること、法による土地や民衆の征服、管理である。国家はあらゆる種類の流れの管理に乗り出す。それは経済的な流れであったり、物流的な流れである。国家は、そのために法の名において制限を課すのであった。
 先に挙げた「囲碁の目」にしても、われわれは京都という街にこのような条里空間の体制を見ることができる。「囲碁の目」には、細部に渡って規定された流れが充満しているが、それは秩序化の流れである。この場合、われわれはドゥルーズの──半世紀先の未来を予言した男の──言葉を借りることができるだろう。極化された条里空間としてのコントロール社会である。接続過多となったインターネット空間は、常に、不本意であるにしても、誰かが誰かを監視しているという状況になっており、ユーザーは同調の圧力を受けながら活動している。ユーザーの関心に応じた広告を表示する広告手法は「ターゲティング広告」と呼ばれ、社会はより消費を加速させる方向に動く。京都という街が管理体制を築く上で適した都市であったという事実は、決して偶然ではない。京都という街の誕生が、唐の長安を手本として作られた平城京(七一〇)に端を発するのであれば、それ(=条坊制)はある一つの恣意的な意図によって、条里化の理念によってなされた産物であったとみなすことができる。なぜ科学世紀において首都は東京から京都に移ったのであるのか。いかなる意図にのっとった遷都であったのかという問いに対しても、答えることができるだろう。京都は、ちょうどモンドリアンの描くコンポジションの様相を呈するが、それは条坊制による「囲碁の目」においてそうであり、物流、情報、権力の条里化においてそうなのである。都市や街は、効率化を追求するがゆえに、必然的に条里化の道をたどるが、それでも京都の「囲碁の目」には、それに関する一つの象徴的な作用を暗示させる要素があるようだ。囲碁の目においては、条里空間はより強力なかたちで作動する。平滑空間は、極化した条里空間と物理主義と科学世紀の万能感によって忘却される。
 物理主義は平滑空間を忘却する。世界のすべての現象を物理的な性質として説明したり、世界を物理的に構成されたものとみなしたりする見方は物理主義と呼ばれる。宇宙の物質は万有引力の法則、相対性理論、量子力学といった諸々の物理学の理論にそって振る舞っており、物理学は世界の像を緻密に記述できる。また、生物学は宗教的な創造説に頼ることなしに、細胞単位から生物圏まで、幅広い生命現象のメカニズムを探求可能である。心理学においては、「心」のすべてを、私たちの脳のニューロンの発火に伴って起こる「脳内現象」として考える。科学的説明が十分に妥当であることには違いはない。しかし、必要以上に科学の同一性に帰依しようとする姿勢は、戒めるべきであろう。なぜなら、ドゥルーズに言わせれば、差異に先行した同一性など存在するはずがないのだから。
 科学世紀の万能感にしても同様である。人間は本能の欠落した動物だと言われる。動物が本能にしたがって行動するのに対して、人間は快楽を求めて行動する。本能が個体を保つこと、種の存続を保証することを目的とするのに対して、人間はより多くの快楽を得るために、食べることについては調理によって技巧を凝らす。この場合、栄養補給という役割は二次的なものになっている。飲酒や喫煙は人間の健康にとって不必要であるばかりでなく明らかな害であるのにも関わらず、人間は快楽の原理にしたがって行動している。さらに快楽の対象は商品へも向く。「あのゲームがほしい」、「あのドレスがほしい」と人がいうとき、われわれはそれを欲望と呼ぶ。資本主義は欲望をコントロールしているといえる。裏に中心的な黒幕がいて、それによって統率されているのでは決してない。メディア一般や宣伝広告は欲望を統制する装置であるといえる。そのようにして物流、情報、権力の流れが資本主義において構築されることは想像に難くない。物質的に満たされることで、科学世紀の人間は飢餓、疫病、戦争とは無縁になった。
 突発的に出現する平滑空間は、差異の契機として迎えられることなく、条里化と物理主義と科学世紀の万能感によって、安定的な体制を脅かすものとして、埒外に置かれる。では、平滑空間を肯定するとして、何をすればよいのか。われわれにストライキでも起こせというのか。決してそうではない。ドゥルーズに関する入門書の著者でもあるクレア・コールブルック(一九六五─ )はその主張において、あるアメリカの学会で、ドゥルーズ以上にドゥルーズ的な姿勢を見せている。ドゥルーズは潜在性という知覚し得ないものの領域を「女性になる」ということと重ね合わせているが、それを「女性などになるな、狂人になれ(be foolish)」と連呼したのである。すでに第三世代フェミニズムの流れを汲んでいるコールブルックにとって、「女性」というアイデンティティ自体疑わしいものになっていた。「女性」という対象がいかにマイナーであるにしても、同一のものとしてアイデンティファイされることは決定的に避けられるべきことである。ドゥルーズにとって「狂う」ということの意味は、必ずしも否定的なものではない。それは、この世のあり方の常識に、ある絶対的な差異をもたらすことを肯定する一つの行動である。「狂う」ことは何かを目指しているわけではない。何かの成就を想定しているのでもない。したがって「狂人」そのものになることでもない。平穏に暮らしていてもそもそも誰もが狂人なのだ。
 ドゥルーズの議論をわかりやすくするには、たとえ(近年の「多様性」の議論を想起させるような)陳腐な言葉使いではあっても、マジョリティとマイノリティという言葉を使うのがいいだろう。マイノリティの政治は、それ自身、マジョリティの政治のように派遣を取ることを目指さない。それは封建的な政治も、条里をもちいて流れを統御する資本主義をも根底から瓦解させていくのみである。さらにいえばこれは、生物の問題に関わる。生物の奇形や変形、あるいは進化と退化はどう区分されるのか。地球環境が激変し、さまざまな状態において生き延びる生物にとって、実際にはマイノリティ(進化・退化)も明確に区分することはできない。
 科学世紀という時代は、ドゥルーズの意図とは異なった、いやむしろ、彼が危惧した通りの社会への、変遷の過程をたどったように見える。「この時代に逆らって、したがってこの時代に向かい合って、そして来るべき時代のために活動し、その来たるべき時代を」望んでいたドゥルーズにとって、「関係の接続過多と物質の供給過多によって満たされた」資本主義社会と科学世紀は、人間の生を生きる上で真摯に取り組むべき一つの巨大な怪物のようであったにちがいない。差異化、潜在性、平滑空間、リゾームを肯定的に語ったドゥルーズにとって、科学世紀という時代は不本意そのものであったろう。資本主義によって欲望はコントロールされ、資本主義自体もまた新たな形態へと移行しつつある。当然、優生思想、選民思想、国粋主義が想定される体制のもとで行われる政治が、自由主義、民主主義の理念と程遠いであろうことは間違いない。そして科学という同一なものに対して必要以上に強い志向を示す科学世紀は、したがってそこで暮らす民衆に狭い視野を提供することにつながる。彼によって提示された「差異化の運動」は、同一性への到達を阻むものとして、邪険に扱われ、棄却されるに違いない。差異に代わって同一性が、潜在性に代わって可能性が、平滑空間に代わって条里空間が、リゾームに代わって樹木がそれぞれ意識され、有用であると見なされている。科学世紀はポストモダンの諸問題をすでに解決したとして超然とした態度を取るだろう。それも科学的態度によって。万物の理論によって世界を記述する試みは、同一性に強く依拠しているがゆえに、たえずさらされる差異化の流れに耐えられず、自ら崩壊することが予想される。問いに対して解決されたと見なして憚らないことは、一見、世界の見方に多くのものを与えているようでいて、その実、世界の見方を損なっていると言わねばならない。ソーカルによる批判は一見真っ当で歓迎されるべきではありながらも、資本主義的、物理主義的、科学主義的な条里化を、批判の対象となすものではない。
 晩年の著作『哲学とは何か』(一九九一)で、ドゥルーズは「私たちはこの時代と恥ずべき妥協をし続けている」(『哲学とは何か』)という、同時代に対する憤りの感情をあらわにしている。その上で、「こうした恥辱の感情は哲学のもっとも強力な動機のひとつである」(『哲学とは何か』)ともしている。『哲学とは何か』は、タイトルのとおり、哲学とは何かを論じている。この本は方法論的な省察であり、総決算であり、遺言にも見える一方で、多くの憂慮や怒りを背景に含んでいるのだ。決して一般的な意味でいう哲学の入門書などではない。同時代に対する抵抗と批判、そして憤りは、次のような言葉にもこめられていると見るべきだろう。

わたしたちには創造が欠けている。{わたしたちには現在に対する抵抗が欠けているのである}。
(『哲学とは何か』、強調はドゥルーズ)

 したがって{科学世紀には抵抗が欠けている}。人々はあらゆるものに対して従順な姿勢を見せる。それは権力に対して、世間に対して、社会に対して、あるいは時代に対してそうであるように。「選ばれた人間による勤勉で精神的に豊かな国民性」(『大空魔術』)は、抵抗を放棄させるが、それは国家、文化、宗教、伝統、国民性といった指標に帰依しようとするアイデンティティ(同一性)への志向そのものである。平滑を忘却し、絶えず条里化へ向かおうとする性格こそ、科学世紀という時代の気質であるのだ。
 条里は空間を明確に区分する単位である。同時にそれは計測が可能な空間でもあり、空間が適切に管理されていることを意味する。それは国家のような体制と深い関わりを持つ。それはちょうど国家が徴税のシステムを備えている点において、人間や物資、船舶の通過の徴税や交通整理、通行禁止において、特定区域の立ち入りの禁止においてそうであるように。条里は空間を線によって区分する。それは境界と呼ばれる。一方で、{科学世紀には抵抗が欠けている}。したがって境界は暴かれなければならない。

【参考文献】
檜垣立哉『ドゥルーズ 解けない問いを生きる』筑摩書房、二〇一九年。
宇野邦一『ドゥルーズ 流動の哲学』講談社、二〇二〇年。
岡本裕一郎『フランス現代思想史』中央公論新社、二〇一五年。
千葉雅也『現代思想入門』講談社、二〇二二年。
立木康介『精神分析の名著』中央公論新社、二〇一二年。
高橋哲彦『デリダ』講談社、二〇一五年。
東浩紀『存在論的、郵便的』新潮社、一九九八年。
須藤靖&伊勢田哲治『科学を語るとはどういうことか』河出書房新社、二〇一三年。
アラン・ソーカル&ジャン・ブリクモン『「知」の欺瞞』田崎晴明、大野克嗣、堀茂樹訳、岩波書店、二〇一二年。
ジル・ドゥルーズ『差異と反復』財津理訳、河出書房新社、二〇〇七年。
ジル・ドゥルーズ&フェリックス・ガタリ『アンチ・オイディプス』宇野邦一訳、河出書房新社、二〇〇六年。
ジル・ドゥルーズ&フェリックス・ガタリ『千のプラトー』宇野邦一、小沢秋宏、田仲敏彦、豊崎光一、宮林寛、守中高明訳、河出書房新社、二〇一〇年。
ジル・ドゥルーズ&フェリックス・ガタリ『哲学とは何か』財津理訳、河出書房新社、二〇一二年。
ジル・ドゥルーズ『ドゥルーズ・コレクションⅡ 権力/芸術』宇野邦一監修、河出書房新社、二〇一五年。
ジャック・デリダ『ポジシオン』高橋允昭訳、青土社、一九八一年。
ジョージ・オーウェル『一九八四年』高橋和久訳、早川書房、二〇〇九年。
オルダス・ハクスリー『すばらしい新世界』大森望訳、早川書房、二〇一七年。
エルゲーニイ・ザミャーチン『われら』松下隆志訳、光文社、二〇一九年。
レオンハルト・エマリング『ポロック』タッシェン・ジャパン、二〇〇六年。
『モンドリアンと抽象絵画』楽しく読む名作出版会、二〇一六年。

ZUN’s Music Collection
『夢違科学世紀』上海アリス幻樂団、二〇〇四年。
『大空魔術』上海アリス幻樂団、二〇〇六年。
『伊弉諾物質』上海アリス幻樂団、二〇一二年。
『燕石博物誌』上海アリス幻樂団、二〇一六年。

コメント

  1. V層もどき より:

    ドゥルーズについてなのですが、神主は、直接的に、あるいは間接的に、『千のプラトー』を読んでいるはずなんですよね。

    永夜抄において迷いの竹林について地下茎の話がなされ、幻想ナラトグラフにおいて、生きることとは迷うことである旨が提示されているので。

    “力強い竹の下には、さらに力強い根が張り巡らされている。表面しか見れないのは愚かな人間と妖怪だけだ。”
    (東方永夜抄 Stage4 Powerful 魔力を含む土の下 より)

    “迷いの竹林における迷いとは、生の象徴なのだと言われています。生きるという事は迷うという事なのです。”
    (幻想ナラトグラフ 迷いの竹林 より)