歴代御阿礼の子の生没年推定、御阿礼の子は誰と会い、何を記憶したのか

幻覚度8

以前歴代御阿礼の子の生没年予想についての考察記事を見た記憶があるのだが今回は個人的にやってみたかったので独自に分析していきたい。
と同時にどのような出来事を経験しどのような人物と会った可能性があるのかについても考えていきたい。

 

御阿礼の子の生没年予想

東方求聞史紀にて御阿礼の子の歴代の名前が記されている(162頁)
稗田阿礼(監修)→存命?
1:阿一
2:阿爾
3:阿未
4:阿余
5:阿悟
6:阿夢
7:阿七
8:阿弥
9:阿求

『東方求聞史紀』「独白」(152~155頁)
1:阿一が18歳頃に幻想郷縁起を編纂開始
2.それから千年以上もの時が流れた
3.御阿礼の子は30歳迄生きられない
4.死後、転生後の肉体を用意してもらうため「百年余り」閻魔の下で働く

「九代目阿礼少女現る」(161頁)
1.御阿礼の子は転生の術を会得しており、自分が死んでも百数十年後に生まれ変わることになっている
2:阿求は大結界で閉ざされてから初めての御阿礼の子

『東方Project人妖名鑑 常世編』
1:幻想郷縁起は120年から180年に一冊。

『東方求聞史紀 記憶する幻想郷』
1:「御阿礼の子は千年以上前から妖怪の資料をまとめるだけに存在していたのです」
2.「私はまだ10年とちょっとしか生きていません、九代目としては」
3.「私が転生を始めて千二百年ほど経った。まさか人間と妖怪が馴れ合う時代が来るとは思わなかったが。それもまた一つの未来か。妖怪に襲われる危険が減った今、幻想郷縁起は妖怪の広告のようなものになった。。それもまた一つの理想か」

『東方香霖堂』(145頁)
1.御阿礼の子が百年から百数十年単位で生まれる

稗田阿求は第百九季文月の一生まれであり1994年の7月1日~7日生まれとなる。このことから考えると阿求の命日は2024年8月7日になるのだが幻存御籤を見れば分かるようにいまだに生きている。

そして転生し始めてから東方求聞史紀(2007年)では千年以上、記憶する幻想郷(2006年)では千二百年以上経ったと記されている。このことから転生からは千二百年以上経っている説を採用する。

 

基準年の設定

阿求の生年である1994年から1200年、遡ると794年になる。

1994-1200=794

「転生を始めて」というのは阿一が生まれた時点から現在までを指すのが自然である。従って阿一の推定生年は794年頃とする。
そして阿一が幻想郷縁起の編纂を始めたのが18歳ころのため、編纂開始は

794₊18=812

となるため、初代幻想郷縁起の編纂開始は812年頃と推定できる。
またこの年代は平安時代初期だ。平城天皇(在位:806~809)、嵯峨天皇(在位:809年~823年)の時代であり、最澄と空海が帰国し天台宗と真言宗が広まっていった時期とも重なっていく。
また阿求の「求聞持の能力」は空海が青年期に行っていた「虚空蔵求聞持法」を想起する(阿礼の時からの能力なのか、阿一からの能力なのかの議論はここでは割愛する)
「虚空蔵求聞持法」は真言を100万回唱えることで記憶力を増大させる方法であり阿求の能力に通ずるものがある。
もはや阿一と空海が実際に会った可能性も考慮すべきだろう(ここは妄想)

そして阿一から阿求までは8つの転生間隔があるため各代の平均的な誕生間隔は

1200÷8=150

となり、「幻想郷縁起は120年から180年に一冊」という範囲の中央値に一致する。
よってここでは歴代御阿礼の子は約150年に一度生まれていたと仮の結論を出すことにする。

そして各代の生没年予想はこのようになる。

1:阿一:794~824以前
2.阿爾:944~974以前
3:阿未:1094~1124以前
4:阿余:1244~1274以前
5:阿悟:1394~1424以前
6:阿夢:1544~1574以前
7:阿七:1694~1724以前
8:阿弥:1844~1874以前
9:阿求;1994~?

これは千二百年を正確な1200年とみなし生まれるのが150年ごとに均等化した仮の基準にすぎない。また幻想郷縁起の編纂間隔には120年から180年の幅がある為、生年はこの表から数十年前後する可能性がある。
そして転生後の肉体を用意してもらうため「百年余り」閻魔の下で働くという記述から見るに120年の死亡からの転生というのもはっきり言って微妙としか言いようがない。
特に阿弥は1885年の博麗第大結界との関連性もある為今後も探っていく。

 

御阿礼の子は誰と出会い何を経験してきたのか

ここからは歴代御阿礼の子がどのような人物と共に生き、どのような出来事を体験したのかを記していく。

1:阿一(794~824)

主な出来事
801年~802年:坂上田村麻呂による蝦夷征討(坂上田村麻呂の妻が天魔の娘、鈴鹿御前であり彼女の娘が小りん=はたてである可能性がある)
800年~802年:富士山の延暦噴火(富士山は輝夜、妹紅、木花咲耶姫、岩笠に関係する)
810年:薬子の変(この変で政治的敗者が死後怨霊になる可能性があった)
814年:凌雲集編纂
815年:新撰姓氏録編纂
820年:弘仁格式編纂
822年:日本霊異記の成立(幻想郷縁起と似ている)

会った可能性のある人物
桓武天皇(737~806)
坂上田村麻呂(758~811)
最澄(767~822)
空海(774~835)
景戒(?~?)
小野篁(802~853)

2.阿爾(944~974)

主な出来事
946年:村上天皇即位(幻想郷縁起が律令国家の情報収集能力が衰える中で作られたもう一つに記録体系)
947年:北野天満宮創建(天神は菅原道真、茨歌仙第3巻に名前が登場する)
948年:空也が延暦寺で受戒
10世紀前半:命蓮上人(白蓮の弟)が活動
969年:安和の変(密告した源満仲の子孫が酒吞童子などを退治した源頼光)

会った可能性のある人物
安倍晴明(921~1005)
賀茂保憲(917~977)/安倍晴明の師
空也(903~972)
源頼光(948~1021)/酒呑童子退治
藤原秀郷(885/891~947/958/991)/三上山の大百足を退治
渡辺綱(953~1025)/茨木童子の腕を斬った武士

3:阿未(1094~1124)

主な出来事
1096年:永長地震
1099年:康和地震
1107年:鳥羽天皇即位
1108年:浅間山の天仁大噴火

会った可能性がある人物
源頼政(1104~1180)/鵺を退治
鳥羽天皇(1103~1156)/玉藻の前伝説に登場
安倍泰親(1110~1183)/玉藻の前を見破った
西行(1118~1190)/幽々子の父親の可能性
大江匡房(1041~1111)/鬼や土蜘蛛などと深く関わった
玉藻の前

4:阿余(1244~1274)

主な出来事
1246年:蘭渓道隆が日本へ渡来
1227年~1256年:北条時頼が執権を務める
1260年:日蓮が立正安国論を著す
1271年:日蓮処刑しかける
1274年:文永の役

会った可能性がある人物
蘭渓道隆(?~?)
日蓮(1222~1282)
北条時頼(1227~1263)
親鸞(1173~1263)
一遍(1239~1289)

5:阿悟(1394~1424)

主な出来事

1394年:一休宗純が誕生
1394年:足利義持が第四代将軍に
1397年:北山殿が造営(金閣寺の前身)
1399年:応永の乱
1404年:日明貿易が始まる
1408年:足利義満が死去
1419年:応永の外寇
1420年:応永の大飢饉

会った可能性がある人物
世阿弥(1363~1443)
一休宗純(1394~1481)
足利義満(1358~1408)
足利義持(1394~1423)

6:阿夢(1544~1574)

主な出来事
1543年:鉄砲伝来
1546年:河越城の戦い
1549年:キリスト教伝来
1553年:川中島の戦い
1560年:桶狭間の戦い
1563年:ルイス・フロイス来日
1565年:足利義輝暗殺
1571年:比叡山焼き討ち
1573年:室町幕府終焉

会った可能性がある人物
武田信玄(1521~1573)
上杉謙信(1530~1578)
織田信長(1534~1582)
ルイス・フロイス(1532~1597)
顕如(1543~1592)
徳川家康(1543~1616)
豊臣秀吉(1537~1598)

7:阿七(1694~1724)

主な出来事
1695年:元禄の飢饉
1698年:勅額火事
1701年:赤穂事件
1703年:元禄地震
1704年:浅間山噴火
1707年:宝永地震
1707年:宝永大噴火
1708年:シドッチ潜入
1709年:新井白石が尋問
1709年:徳川綱吉死去、生類憐みの令の終わり
1716年:徳川吉宗が将軍に、享保の改革
1722年:小石川養生所が解説

会った可能性のある人物
新井白石(1657~1725)
渋川春海(1639~1715)
土御門泰福(1655~1717)
ジョヴァンニ・シドッチ(1668~1714)
荻生徂徠(1666~1728) 

8:阿弥(1844~1874)

主な出来事
1844年:オランダ国王開国勧告
1846年:ビドル艦隊来航、通商を求める
1853年:ペリーの黒船来航
1854年:日米和親条約
1854年:安政南海地震
1855年:安政大地震と地震の後に鯰絵が出版される
1858年:安政の大獄
1858年:安政の大流行(コレラ大流行)
1860年:桜田門外の変
1865年:月岡芳年による「和漢百物語」が出版
1866年:薩長同盟
1868年:戊辰戦争
1868年:神仏分離、廃仏毀釈
1871年:廃藩置県

会った可能性のある人物
土御門晴雄(1827~1869)/土御門家陰陽道の事実上の最後の当主
河鍋暁斎(1831~1889)
月岡芳年(1839~1892)
歌川国芳(1798~1861)
アーネスト・サトウ(1843~1929)
福澤諭吉(1835~1901)
平田鐵胤(1799~1880)
井上円了(1858~1919)

コメント

  1. takenoko より:

    求聞持については求聞史紀の独白に「先祖に当たる阿礼が持っていた求聞持の能力」とあるので阿礼で確定っぽいです