紫=メリー+蓮子説について

幻覚度5

紫=メリー+蓮子説とは?

簡単に言うと、紫は体がメリーで精神が蓮子になった存在なのでは?と言う説です。この説はメリーが見た目や能力から紫と同一視される一方で、性格や得意分野が一致しない点からそれらは蓮子の精神が入っているからとされています。

紫とメリーの一致点

まず、紫とメリーの関係性について説明したいと思います。紫とメリーは見た目が酷似しており、似たZUN帽に金髪の髪、紫色の服を着ています。そして、重要なのは能力です。紫の能力は「境界を操る程度の能力」、メリーは「境界の境目が見える程度の能力」、一見似ているだけのように思えますがメリーの能力は日に日に強力になっています。つまり、メリーの能力は「境界の境目が見える程度の能力」から「境界を操る程度の能力」に変化していってるのです。そして名前や元ネタからも関係性が感じられます。まず、名前についてなのですが、マエリベリー・ハーンの英語の綴りは明かされていません。一説ではマエリベリーの英語表記は「my reverie」、「私の幻想」なのではないかと言われています。そして紫とメリーの元ネタとされている「小泉八雲」、彼は幻想の日本を思い描き、近代化していく日本に幻滅したそうです。これは私の個人的な意見ですが近未来で活動する秘封倶楽部は近代化していく日本で幻想を思い描いていた小泉八雲と何か似たようなものがあると思います。一方で紫は幻想郷を管理して自分の幻想を残している。これは自分の幻想を本にした小泉八雲と似ていませんか?私の考察もありますがこれらが紫とメリーの一致点です。

紫と蓮子の一致点

先ほどのようにメリーだけでも成り立つように思えますが蓮子の要素も含まれているのです。まず最初に得意分野について。紫と蓮子は同じく理系知識が豊富で計算能力が高いです。そして性格面では計画的で知性を感じられることが多くあります。ただしこれだけではただ長年の知識や経験などで説明出来てしまうかもしれません。ところが核心的なところでの一致があるのです。ここからはまた独自の考察ですが紫の発言、「幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ」が蓮子の膨大な知識が影響しているのではないかと考えています。これについて説明するには幻想郷とは何かについて考える必要があります。

幻想郷とは何か

幻想郷とは「忘れられたものが集う世界」と言われていますが実際は少し違っていると思います。現代になるにつれて人々は真実よりも情報を信じるようになりました。そして自分が正しいと信じて止まない人々は自分が正しいと思うもの以外を否定した。つまり人々が河童と言う存在を忘れたのではなく「河童は存在しない、幻想の生き物だ」と決めつけたから河童は幻想郷にいるのだと思います。実際、妖怪についての資料は残っているし、像も建っている。資料が消えてもネットには残り続ける。ネットから消えても誰かは語り続ける。どう足掻いても人々の記憶から妖怪や神と言う存在は消えない。なのに妖怪や神は幻想入りする。ただ単に忘れられたのではなく存在しているのに存在を否定されたから幻想入りする。忘れられた存在ではなく否定された存在が集う世界、それが幻想郷だと思っています。

全てを受け入れる幻想郷

「幻想郷は全てを受け入れる」これだけを聞けばそのままの意味に捉える人がいるでしょう。けれど逆に考えてみたら「否定された存在は幻想になる」のなら幻想郷がその存在を否定してしまえばその存在は完全に消える。でもそうはならない。幻想郷はその存在を否定しないから。つまり「幻想郷は全てを受け入れる」と言うのは「幻想郷は何も否定しない」ともとれる。これが何故蓮子の頭脳と関係するのか。メリー曰く「蓮子は世界の仕掛けが全て見えている」。現代の人々は自分が正しいと思うもの以外を否定して幻想にする。でも蓮子は違う。蓮子は世界の仕掛けが分かっているからこそ否定する必要がない、否定する存在がいない。この思考が「幻想郷は全てを受け入れる」と言うところと関係しているのではないかと思っています。

入れ替わりの原理

何故メリーの体に蓮子の精神が入り込んでしまったのか。これもまた「知識」が関係していると考えています。まず、知識が果たす役割について。蓮子は世界の仕掛けが分かっているから全てを否定しない。つまり幻想郷の「全てを受け入れる」って蓮子からしたら当たり前のことなんですよね。他の人々なら「幻想郷にいる存在は異常だ」と思って線引きをする。でも蓮子にとって幻想郷は異常なものではないから線引きをしない。これって蓮子の中で「幻想郷と現実世界の区別がない、境界がない」って状態ですよね。つまり高い知識は境界を無くすことが出来るんじゃないでしょうか?蓮子とメリーは秘封倶楽部の活動を通して互いのことを知り、互いに対する豊富な知識が互いの境界を無くした。そしてメリーの能力が暴走してメリーと蓮子の体と精神が入れ替わったまま境界が引かれた。こうして体がメリー、精神が蓮子として紫になった。体が蓮子で精神がメリーなのが月夜見と言う説もありますが今回はその考察を省きます。このような原理なら入れ替わりの証明になるのではないでしょうか? 

彼女達が見た幻想郷は?

ここで、一つのパラドックスが生まれます。彼女達が紫になるのならば彼女達が見てきた幻想郷は一体誰が作ったのでしょうか?時間軸に関しては蓮子の時に関する能力の一部とメリーの境界で説明はできます。ですがそれだと紫になる前に見た幻想郷は何なのか。これは単なる矛盾ではなくパラドックスそのものの性質が「不可能を可能にする現象」なのではないでしょうか?「これとこれが同時に成り立つはずがないから矛盾=パラドックス」ではなく「この矛盾を成り立たせているものがパラドックス」と言うことです。つまりパラドックスが起きたことで彼女達は本来自分達が作るはずの幻想郷が見えたのです。

幻想郷を作った理由

ここからは紫=メリー+蓮子説より更に踏み込んだ内容になっています。幻想郷は先ほど言ったように「否定された存在であり、否定しない存在」です。彼女達は幻想郷を夢見て追い求めた。でもそれは人々から否定された存在だった。つまり彼女達の幻想は否定されていた。でも幻想郷だけは彼女達の幻想を否定しなかった。彼女達にとって幻想郷は「唯一彼女達を否定しない彼女達にとっての幻想」だった。紫にとって、幻想郷は「二人で夢見て追い求めた幻想であり、否定されない居場所であり、何よりもの思い出」だった。そんな二人の幻想、居場所、思い出を守るために紫は幻想郷を作った。それが紫が幻想郷を作った理由だと思います。そして秘封倶楽部の真の目的は幻想郷の謎を解き明かすことではなく自分達の理想郷を見つけることだったのではないでしょうか。

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