科学世紀の日本は権威主義的であるか?

幻覚度8

本稿では秘封倶楽部の2人が暮らす科学世紀の政治的性格を考察する。

科学世紀の日本はしばしばディストピア的な世界として描かれている。

だが作中には政体、選挙制度、言論統制や警察機構などの具体的な説明が殆どない。

しかしながら秘封倶楽部のブックレットを読む限り、科学世紀には一貫した傾向が見られる。生命や人口、健康、自然環境、何を現実とみなすかという認識の枠組みまでも科学的合理性と専門知によって調整されている。

本稿ではこの体制をひとまずテクノクラート的権威主義と呼び、その妥当性をロジャー・グリフィンのファシズム論とミシェル・フーコーの生政治論から検討していく。

消えた子どもたちの笑顔

夢違科学世紀ではこのような記述が見られる。

(……こんなに笑っている子供を最後に見たのは一体いつだろう。

聴いた事もない不思議な唄、不思議な踊り。どうやら今日は祭らしい。

私も、いつかはこんな子供達の笑顔がある国に住みたいと思ったわ)

この文章からはメリーたちの暮らす科学世紀において子供の笑顔が見られない物になっていることが分かる。

勿論、科学世紀では全ての子供が笑わなくなったとまで断定することはできない。しかし子供の笑顔を見たメリーが懐かしいものとして捉え、「こんな子供達の笑顔がある国に住みたい」とまで思っている以上、彼女の暮らす日本では、子供が共同体の中で自由に遊ぶ光景が失われつつあると考えるのは容易なことだ。

そしてディストピア作品において子供は国家による管理の対象とされる。

例えばオルダス・ハクスリーの「すばらしい新世界」では受精卵の段階から培養瓶の中で製造、選別される。ジョージ・オーウェルの「一九八四年」では子供は政府によってスパイ団に組み込まれ、密告を行う機械と化している。

幻想郷では聴いたこともない不思議な唄と不思議な踊りに子供たちが参加している。これは科学的に説明され、教育的な効果が認められ、行政によって決められた行事ではない。

子供達は不思議なものをありのままに受け入れ、身体を動かし、笑っている。

科学的合理性という神話

これに対し、科学世紀では、自然、文化、健康、生死までもが科学的合理性によって管理されている。

その実態が明確に分かるのが「旧約酒場」である。

医療技術が発達し、寿命が伸びた科学世紀について蓮子は次のように語る。

健康的? よーく考えてみてよ。お酒、油、塩分、糖質、カフェイン、グルテン……、食の健康に関しては過度に注意するくせに、医療が進化しすぎてなかなか人が死なないもんだから、計画的に寿命を決めようとしているでしょ? 社会は人を生かしたいんだか、殺したいんだか判んないよね。

そして、

奈良県の寿命統制がピカイチ進んでいるのは関係無いですよねぇ……。

と語る人物が現れる。

科学世紀の社会は医療が発達し人間がなかなか死ななくなってしまった。そして今度は寿命そのものを統制しようとする。健康を称揚しているように見えながら、最終的には誰がいつまで生きるのかを社会や国家が決めるのである。

寿命統制は都道府県ごとに進捗を比較できるほど、具体的な行政政策として実施されている。

最近は県が入山を制限している事は知っています。その理由が公表されないので、逆に興味を惹いていますよね。

発言者は後にこの理由を大量の蛇(神様とされている)と結論づける。

この発言から分かるように、県は特定地域への立ち入りを制限しながら、その理由を説明していない。

国民、そして県民には行政の判断について理解し、理解、同意するのではなく専門家たちの判断を信頼して従うことが求められているのだ。

 

民族再生神話

これだけで科学世紀の権威主義について説明するのはやや危険なので別の記述を引用しよう。

「大空魔術」のこの部分である。

いち早く少子化が進み人口が減少に転じた日本は、人口減少によるデメリットを上手く回避し、選ばれた人間による勤勉で精神的に豊かな国民性を取り戻す事に成功した。

これは権威主義体制、ファシズム研究において指摘されてきた民族再生の物語を想起させる。

例えば政治学者のロジャー・グリフィンはファシズムの定義を「再生的超国家主義」として説明している。

グリフィンはファシズムは再生神話を利用して伝統的な政治や宗教の信仰を失った有権者を惹きつけ、ファシズムの支配下でより明るい未来を約束すると主張する。

勤勉で精神的に豊かな国民性を取り戻す

この表現も、現在の日本人を本来の国民性を失った状態として捉え、人口減少という危機の克服を通して理想的な国民を再生したという物語になっている。

選ばれた人間というのも嫌でも優性主義的発想を思い起こす。選考基準は不明であるが、人口問題を人間の選別によって解決した可能性を読み取ることができる。

生政治論

さらにミシェル・フーコーが知の意思にて提起した「生政治」という概念も挙げられる。

生政治とは出生、死亡率の統制、公衆衛生、住民の健康への配慮等の形で生そのものの管理を目指すことを指す。これに従うならば、科学世紀の寿命統制は生政治が人間の死にまで拡張された制度とも解釈できる。

科学世紀の権威主義とは例えば「一九八四年」のように国家が国民に特定の思想を叫ばせる体制ではない。

国民がどのように生き、どこへ行き、何を現実と考えるべきかを国家が予め合理化し、その枠組みを人々の自発的な常識として受け入れる体制なのである。

人は答えのある不思議を娯楽として楽しみ、答えの無い不思議を否定した。

それが、この国から神様が消えた理由である。

今はもう、日本中が神様の墓場なのだ。

伊弉諾物質のこの部分からも分かるように科学的に説明できない経験を現実から排除する。言うなれば認識論的権威主義。

ヴァーチャルの感覚は、リアルより人間の感覚を刺激する。

夢と現は区別出来ない様に、人間と胡蝶は区別出来ない様に、

ヴァーチャルとリアルは決して区別出来ない、と言うのが今の常識である。

言うまでもなく、ヴァーチャルが人間の本質なのだ。

「卯酉東海道」のこの部分からも分かるように科学技術によって構築されたヴァーチャルが社会の常識となり、その常識から外れるものは非合理な理論として排除されるのだ。

まとめ

以上のことから科学世紀の日本のイデオロギーは典型的なファシズムの要素も含みつつも科学的合理性と専門知を根拠とし、生存や健康、社会的な価値までも管理するテクノクラート的権威主義と捉えるのが適切だろう。

参考文献

Academically, how accepted is Roger Griffin’s definition of fascism as “palingenetic ultranationalism”? – Reddit

Reddit

生権力/生政治 | 時事用語事典 – imidas

生権力/生政治 | 時事用語事典 | 知を探究する教養メディア imidas(イミダス)
imidasは集英社がお届けする教養メディアです。専門家による深掘り解説、気鋭の執筆陣による連載、話題の時事用語まで。知りたいことはまずimidasで。

ZUN『夢違科学世紀 ~ Changeability of Strange Dream.』上海アリス幻樂団、2004年、付属ブックレット

ZUN『卯酉東海道 ~ Retrospective 53 minutes』上海アリス幻樂団、2006年、付属ブックレット

ZUN『大空魔術 ~ Magical Astronomy』上海アリス幻樂団、2006年、付属ブックレット

ZUN『伊弉諾物質 ~ Neo-traditionalism of Japan.』上海アリス幻樂団、2012年、付属ブックレット

ZUN『旧約酒場 ~ Dateless Bar “Old Adam”.』上海アリス幻樂団、2016年、付属ブックレット

 

 

コメント