幻想郷における肉食事情

はじめに

今回の記事は私個人の考察というよりX(旧Twitter)でこの話題について呟いていたら有識者達からも情報が集まってまとまった内容になったので半ば備忘録的に置いておくものです。不完全だった内容を補完してくださった皆様に本題に入る前に謝意を表明いたします。

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幻想郷の文化風土は明治時代における近代化以前の「伝統的な」ものをベースにしているとイメージされがちである。しかしその一方で幻想郷の文化は停滞しているのではなく日々進歩しているのであり、驚くほど現代に近い文化が見受けられることもある(メタなことを言えば、神主はしばしば現代の事件等を日記として作品に織り込むので生じる現象でもある)。例えば求聞史紀には外来人の影響でサッカーが流行ったことがあるなんて話も記載されている。

食文化もまた近代化している。酔蝶華の連載を追っている方の中には連載中萃香がカレーを食べる描写に驚いた方がいるかもしれない。そしてそれを香霖堂第一部であったカレーネタだと気が付き内心ほくそ笑んだ古参ファンもいるのではなかろうか。

「伝統的な」食文化の象徴としてよく語られるのが聖武天皇の代より(実態はともあれ)続いた肉食禁止である。が、これまた幻想郷では必ずしも守られていないということは鳥系キャラが鳥を食べることに反対し兎角同盟が兎を食べることに反対していることからも明らかである。食べる文化がなければそれに反対する運動は起きないのだから。

では実際のところ幻想郷ではどれだけ肉を食べているのか? 今回は幻想郷での肉食事情を種類別に見ることによって幻想郷の肉食文化が博麗大結界の時期から進歩したのか、進歩したとしてどの程度進んだのかを考察していきたい。

狩猟獣

日本の伝統において肉食は禁止されていたというのが前提としてあったが、いくつか抜け道があり、その一つが薬という名目で肉を食べる行為である。薬食いで多く食べられたのは畑を荒らす害獣として殺された鹿や猪であった。幻想郷で獣が狩猟され食べられていたとしても不思議ではなかろう。

酔蝶華の第一話で萃香が捕まえた巨大な猪が丸焼きにされている。厳密には文章上は妖獣でありビジュアルが猪であることについて神主指定かは不明だが。

正真正銘の猪としては東方三月精第四部第7話でクラウンピースがイノシシの丸焼きを売っている。ただ妖精にイノシシが狩猟可能かどうか怪しく、いかにして入手したのかは謎。

穴熊

酔蝶華第8話で「穴熊の丸焼き」が登場。

優曇華やてゐが博麗神社での兎鍋に反対、阿求が好物が兎鍋と記すと、鍋の具材として用いられていることが分かる。

朱鷺

香霖堂第一話第三話で朱鷺鍋が登場。なおこの話は幻想郷の食肉事情を考察する上で超重要な話である。

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他にも事例はあると思われるが、ここまでの事例で以下のことが分かる。

1.大型の妖獣もより強力な妖怪により狩猟対象となりうる
2.兎や穴熊のような人間の猟師にも安全に狩猟可能であろう動物が狩られ里の食卓に並ぶ(※)
3.四つ足の獣だけでなく野鳥も狩猟対象になる

結論として、多種多様な動物が狩られ肉として食べられているということが分かる。余談だが全ての狩猟が食肉目的ではなく、例えば三月精では光の三妖精がゲーム目的で兎狩りをしている。

※人間の猟師は未だ登場していないが、茨歌仙第13話の魔理沙の発言「猟師から逃げてきたんじゃ無いのか?」よりいるのは確実

家畜を食べる

江戸時代までの日本の歴史において家畜とは基本的に荷役や労務をさせる目的で飼育されるものであり食用ではなかった(一時期食用目的で豚が導入され、沖縄などでは断絶せずその文化が続いたという事例もあるがこれは例外)。こうした役畜を無闇に、特に肉の柔らかい幼年のうちに屠殺するのは望ましくなく仏教価値観に基づく殺生忌避に加えて家畜の殺害をより忌む風土を生んだ。同じ獣肉でも家畜の肉をより忌む価値観は「飢饉の際馬を殺して売ったがこの際馬肉を鹿の肉と偽って売った」「寛永20年(1643年)刊行の料理書『料理物語』において牛は食べると『百五十日の穢』とあるが鹿や猪には食べることによる穢の記述はない」などの事例に現れている。(長谷部 2006年)

つまり狩猟肉を食べているから家畜も積極的に食肉しているとは限らない、家畜がいるからといってそれが食用目的とは限らないということで、家畜は独立に慎重に見ていく必要がある。

香霖堂第一部第三話において「クリームシチュー」が会話中登場しており乳製品を食べる文化があることが分かる。他文果真報で天子がコラムに「桃モッツァレラが食べたい」と書いている。外の世界から輸入している可能性もあるが、保存を考えると幻想郷内で乳牛を育てていると考える方が妥当にも思える。

東方酔蝶華第23話の背景絵に荷運びに用いられる牛が登場している。ただし神主指定が入っているのかどうかは不明。

紅魔郷のチルノ戦で「あんたなんて、英吉利牛と一緒に冷凍保存してやるわ!!」という台詞が出てくる。紅魔郷頒布当時はBSE問題が広まっていたのでイギリス牛輸入停止→イギリス牛幻想入りという時事ネタという解釈が主流と思われる(ただし英国産牛肉輸入停止は紅魔郷頒布よりやや前の1996年の出来事)。こうしたメタネタや言葉遊びがゲーム中会話やスペカ名として現れたときにそれをどう世界観として解釈するのかは考察勢としては非常に頭が痛い問題だが、言葉通りに英吉利牛が幻想郷内に存在するのなら牛肉食はされていそうだ。もっとも文字通りに舶来物だが。

またまた香霖堂第一部第三話にて「とんこつラーメン」も会話中登場。他の家畜と異なり豚は食用以外での利用目的がない(強いて言えば糞が肥料になるがこれは牛や馬でも同じなので豚独自ではない)ので言い逃れようがなく食用目的での家畜飼育を示唆する描写でもある。生きている豚の描写がないので輸入説もなくはないが、「外の世界と繋がっている幻想郷存在がラーメン食べたさに豚骨を輸入している」は幻覚度10過ぎるので流石に幻想郷内で飼育しているとしていいのではなかろうか。

他東方三月精第三部第12話の屋台に「豚足」ののれんがあるが、神主指定が入っているかは不明。

日本において肉食は長らく忌避されていたが鳥を食べることへの忌避感は獣のそれより少なく(なので獣である兎を一羽二羽と数えて鳥と偽って食べることがなされた)、卵に至っては江戸時代には普通に食べられていた。ただし江戸時代における鶏肉食とは卵を産めなくなった廃鶏を食べることが主であり(他のルートとしては闘鶏で用いる軍鶏)、現代のように若い鶏を食肉目的で育て屠殺するのは明治以降の文化である。

茨歌仙第20話においててゐがカラーひよこを売っている。背景絵だが、てゐが屋台でカラーうさぎではなくひよこの方を売っているのはこの回のみなので特別に神主指定が入っている可能性もある。

輝針城魔理沙(妖器有り)がわかさぎ姫撃破後に「天ぷら……」と呟いていて天ぷらは衣に卵を用いる、文果真報でお菓子としての「人形焼き」が登場するなどから卵食があると分かる。

久侘歌の設定に「密かに、人間の食料と化してしまった鶏の、地位向上の為に何か出来ることは無いかと考えている」とあるので素直にとらえれば肉も食べている。江戸時代日本で既に食べられているので驚くべきことではないだろう。逆に言うとこの情報だけだと肉はあくまで卵の副産物なのかブロイラーのような肉目的の鶏がいるのかは分からない

非想天則の咲夜VS諏訪子の咲夜勝利台詞で「蛙は……鶏肉の味がするのです だったら、鶏の方が手に入りやすいと思うのですが」というのがあり、咲夜もとい紅魔館には鶏肉を食べる習慣があるということになる。更に言うと、カエルの肉と鶏肉の味が近いという場合、鶏肉は現代的な若鶏の肉になる(廃鶏のように大人になった鶏の肉は固く味が濃いのでカエルの肉のような淡白な味からは乖離する)。よって紅魔館では何らかの形で食用目的で飼育された肉が流通していると思われる。だが紅魔館は外の世界との繋がりが示唆される、食文化含めた文化が他と余りにも異なるという事情があり、この情報をどこまで幻想郷一般のものに援用していいかは微妙なところである。

なおミスティアや文による鳥を食べることへの反対運動、屋台として頻出する「やきとり」もあるが、鶏ではなく野鳥を使用している可能性もあるので鶏食の証拠としては弱い。

現代においても牛豚鶏三種よりも食肉としてはメジャーではないが一応食べられることがある家畜枠ということで。

鈴奈庵第三十六話及び第三十七話で塩屋敷の旦那が馬を殺害したことで逆に里の(少なくとも上流階級は)馬を飼っていることがあると判明。ただし錯乱した行動として描写されている(馬の味を気に入って食用にしている事自体信じられないこととして語られている)ことから役畜を殺すことへの忌避は食肉が一般化している幻想郷においても存在することを示す描写と言える。

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現代における主要家畜牛豚鶏三種に関して、牛と鶏については乳製品と卵という副産物を、豚に関しては肉そのものを食べている可能性が高い描写がある。ただし、家畜とその肉双方が描写された組み合わせがないので現代と同等の「肉目的で飼育して肉の柔らかい若いうちに屠殺するサイクルを高速で回す」牧畜がなされているのかは確定していない。

結論

狩猟獣は原則タブーなく食べられている(江戸時代以前日本のような「薬食い」のような言い訳もなく明らかに食欲を満たすものという扱い)。

家畜について、それから得られる乳や卵はこれも食べることへの忌避は存在しないし、肉も宗教理念に基づく肉食忌避が仏教徒以外では消失していることから少なくとも家畜が死んだら肉を食べる、利用価値を失ったら屠殺するということは少なくともしていると予想していいだろう。

ただし、積極的に食肉家畜を飼育しているかどうかに関してはまだ疑問が残る。文化が大きく異なる紅魔館では家畜肉を独自に入手して消費していると思われるが、幻想郷の大半において特に牛と鶏を食肉目的で飼育しているかどうかは不明瞭だ。ほぼ確実に豚を食用目的で飼育していることから牛や鶏も同様と考えることもできるが、「食肉目的で飼育しないと入手できない豚はそれ用に育てるが、老いた役畜や廃鶏の屠殺で入手可能な牛肉や鶏肉はそれらないし味の近い狩猟肉で代用している」とも考えられる。肉を得るための家畜を別途飼育しているとなると相応の土地や餌(つまり飼料を育てる農地)があるということになるので、幻想郷の規模をどの程度のものと見做すかという別の問題が発生するのだ。幻想郷で現代的な肉料理がどのくらいの種類、どのくらいの希少さで存在するのかは各人の解釈に委ねられているのが現状と言える。

 

参考文献(原作以外)

長谷部恵理『江戸期における「肉」と「肉食」に関する一考察』2006年 危機と文化 : 札幌大学文化学部文化学会紀要

江間三恵子『江戸時代における獣鳥肉類および卵類の食文化』2013年 日本食生活学会誌

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