ヘカーティア・ラピスラズリの元ネタ考察 ~ヘカテーとアリンナの太陽女神、そしてヘケトについて〜

変なTシャツヤロー(どちらかといえばスカートと帽子の方が変である)でおなじみ、地獄の女神ヘカーティア・ラピスラズリ。

地球、月、異界の三界それぞれに身体を同時に持ち、地獄の妖精クラウンピースを従え、圧倒的な実力で自機たちとの戦いを遊びと称した彼女は、その特徴からギリシア神話の冥界の女神ヘカテーが元ネタだとされている東方紺珠伝のEX(stage7)ボスだ。

 

今回はヘカーティアの元ネタであるギリシアの冥府の女神ヘカテーと、そのヘカテーの起源ではないかとされるヒッタイトとエジプトの二柱の女神の話を中心にヘカーティアについて掘り下げていきたい。

 

冥界の女神ヘカテー

現在に伝わっているギリシア神話の伝承の中で、ヘカテーが登場するもっとも古いものは紀元前700年頃のヘーシオドス作「神統記」という叙事詩である。その中で描かれるヘカテーにはまだ冥界の女神という側面は描かれていない。

ティーターン神族の直系である彼女は、生まれながらにしてゼウスや天界の神々に尊敬された。ゼウスから大地と貧しい海の一部を与えられ、地/天/海の三界に特権を持つその女神は、裁判では敬虔な王のそばに立ち、正しき者には栄光と力を与え、家畜が少なければ殖やし多ければ減らし、大漁を与え奪い、すべての若者の乳母たる栄光を持つ……といった具合になんかもの凄い女神として描かれる。

これはヘーシオドスの故郷においてヘカテー信仰が強かったことが理由とされており、同様に彼に詩人の才能を与えたというムーサイも「神統記」の冒頭で長めの称賛を受けている。ギリシア神話を体系的にまとめたことで重要視されている「神統記」だが、ここの記述に関しては学者を悩ませる要因になっているのだとか。

ちなみにヘカテーという名前はアポローンの異名であるヘカトス(遠くへ矢を射る者)の女性名詞という説がある。神話上では直接関わるような話も特には無い二柱だが、実はアポローンとその姉アルテミス、そしてヘカテーはティターン十二神であるコイオスを祖父に持ついとこ同士。意外と近縁なのだ。

 

ヘカテーの性質は「神統記」の影響を受けた後の物語や信仰の中で徐々に変質していき、現在では月の女神にして夜と魔術の女神、境界の女神、そしてハーデースとペルセポネーに次ぐ地位を持つ冥界神として伝わっている。

三つの身体を持つ姿は、地/天/海で自由に活動できる権能を持つことを示す他に、過去/現在/未来や新月/半月/満月また処女/婦人/老婆をも表すとされた。まさに三相一体。

神話上でのヘカテーの大きな活躍といえばギガントマキアーにおけるギガース松明殴打(トドメはヘラクレス)が特に有名かもしれない。オリュンポス十二神以外の神でギガースを倒せたのはヘカテーのほかだと青銅の棍棒で二体を殴り倒した運命の三女神モイライのみである。

ギガントマキアーの他には行方不明になった娘コレー(後のペルセポネーである)を探すデーメーテールにハーデースが攫ったことを伝えたり(このときコレーが冥界にいることを伝えたへーリオスとは対の関係で描かれている)、神を欺きヘラクレスの誕生を手助けした結果イタチにされてしまったという女性ガランティスを憐み己の聖獣とした話が残されている。

また魔女キルケーやその姪であるコルキスの王女メーデイアからは厚く信奉されていたと伝える話もあった。

前述の聖獣となったガランティスの他には、クラウンピースの元ネタとされる冥界の精霊ランパースをはじめ復讐の女神エリーニュス、青銅とロバの足を持つ怪物エンプーサ、吸血鬼モルモーを眷属として従える。また犬はヘカテーにとって特に重要視された聖獣で、供物として捧げられることも多かったらしい。

 

そんなヘカテーだが、「神統記」より以前(紀元前900-800年頃)のホメーロス作「イーリアス」と「オデュッセイア」には存在しない。そう存在しない。なのに「神統記」ではとっても強大な女神として描かれているのである。学者が頭を抱えるのも頷けますね。

ともかくホメーロス的にはギリシア神話に深く関わる存在ではなかったらしいヘカテー、その起源はギリシアの外にあったと考えられている。

 

アリンナの太陽女神

ヘカテーの起源の一つとして、アナトリア南西部に位置するカリア地方で信仰されていた女神の存在が挙げられる。このカリア地方にあるラギナという土地はヘカテーを祀る最大の聖域があるヘカテー信仰が非常に盛んだった場所だ。

そして、アナトリアはかつて紀元前1600年から紀元前1180年にかけて興亡した鉄の国ヒッタイト王国の支配地域。そのヒッタイトのアリンナという都市で信仰されていたのが太陽女神である。固有名は伝わっておらず単に太陽女神、あるいはアリンナの太陽女神と呼ばれていた。

天候の神タルフンナの妻であり、後に伝わってきたフルリ人の神話に出てくる地母神にして天空の女神へパトと同一視されていたらしい。

 

太陽女神と冥界の女神、一見すると無関係そうなこの二柱だが、実はこの二柱を結びつける面白い論文が存在する。

Mary Bachvarova(2010)”Hecate: An Anatolian Sun-Goddess of the Underworld”

(筆者のMary Bachvarovaはアメリカ、オレゴン州にあるウィラメット大学の教授。古代東地中海の比較宗教と文学を研究テーマとしている)

一応端的にまとめた文章を載せるが、めちゃくちゃ端折っているし正式な翻訳ではないので、原文を読むことを強く推奨する。英語読めない人は機械翻訳に頼るなりしてください。

さて上記の論文だが簡単にまとめると、ヘーシオドスの「神統記」における彼女への称賛と祈りの数々がこの太陽女神へ捧げられた祈りと類似すること、またギリシアに伝わったヒッタイトの儀式にはメソポタミアとシリア、アナトリアの文化が複雑に混じっておりそれが後にヘカテーが多数の神と習合されることとなった経緯に繋がっているという内容だ。(多分その理解であってるはず)

これだけだったら古代の神々にはよくあることだ。ギリシア神話のゼウスはインド神話のディヤウスやローマ神話のユーピテル、北欧神話のテュールと同じ起源だとされているし、起源の異なる神々が時代が下るにつれ習合された例も各地で見られる。例として日本神話なら天目一箇神(片目を瞑った姿の鍛冶神)と一目連(片目がつぶれた風の龍神)が分かりやすいだろうか。

 

ここで、個人的に注目したいのはヘーシオドスのヘカテーには太陽女神の影響があったかもしれないという点。

東方紺珠伝においてヘカーティアは純狐と共に月の都を襲撃した。彼女もまた純狐と同様に嫦娥に対して恨みを持っている(とはいえ純狐ほど熱烈ではないが)というのは皆さんも知っての通りだろう。

作中でも霧雨魔理沙からの問いに「(嫦娥は)私の星を殺した奴の妻でもあるわ」と答えている。

彼女も嫦娥に怨みを持つ神様である。

何故なら、嫦娥の夫は、太陽(アポロ)を撃ち落とした人物だからだ。

本来なら、太陽無くしては存在しえない地獄。

強い光を失った事で、地獄も闇を弱めた。

 

といっても、彼女が嫦娥を恨む理由は、純狐の影響が大きい。

  ――東方紺珠伝 omake.txt

 

おまけテキストに記されているように、ヘカーティアの星とは太陽、アポロのことを指す。

ギリシア神話的にはアポローンのことと思うのだが、先述のヘカテーの項で書いたように(いとこにして名前の由来という繋がりはあるが)神話上でこの二柱の関りというのはほとんどない。

後世においてヘカテーはアルテミスと同一視、または一側面として扱われることはあったものの、現状の描写ではヘカーティアにアルテミス的な要素はそこまでなく、なにより原典においてはアポローンは健在である。

仮にヘカーティアがヘカテーとアルテミスが習合した存在であり、アポローンとは双子の関係なのだとして、片割れを失っている割にはヘカーティアの恨みはやはり薄いように思う。

しかし、もしヘカーティア自身に太陽神としての側面も存在していたのだとすれば?そして后羿が太陽を撃ち落としたことでその側面を失うことになったのだとすれば?

積極的に復讐したい訳でもないが、一側面を失ったことに対する恨みはあるという形に収まらないだろうか。

筆者的にはそっちの方が腑に落ちる。

 

豊穣と出産の女神ヘケト

ヘカテーにはもう一柱、起源ではないかとされる女神がいる。それがエジプト神話に伝わるカエルの頭を持つ女神ヘケトだ。

羊の頭を持つクヌムの妻であり、クヌムの捏ねた粘土に命を吹き込み人間を創る役割を持つとされている。また神話では度々イシスに手を貸しており、オシリスの復活の儀やホルスの出産での活躍がある。

名前が似ているのもそうだが、出産そしてナイル川の女神として豊穣も司っている点はヘカテーと共通するため起源の候補には上がる。しかし関連性がそれぐらいしかないので根拠はあまりない。

神話の体系としてもギリシアとエジプトでは全くの別物であるため、直接的な起源である可能性は低いが、古代における神話や信仰は口伝で広まるものであったし、伝えられてゆく中でどこかしらからヘケトの要素が拾われてヘカテーの伝承に混じったという可能性は否定できないだろう。

 

という、現実の神話の話は置いておくとして。ヘカーティアに関して言えばこのヘケトとの関連は見逃せない要素だ。

 

ヘカーティアがラピスラズリを名乗っていることについて疑問に思ったことは無いだろうか?

ラピスラズリ、日本では瑠璃と呼ばれるあの青い石は、人類が宝石として利用した最古の石とされている。当時はアフガニスタンが唯一の産地で、貿易によってメソポタミアやエジプト等の古代文明に広まっていった。

古代の多くの地で特別視されたラピスラズリだが、特に古代エジプトにおいては高く重宝されたという。お守りとして装飾品に加工されていた他、墓に収められた王の棺にあしらわれたり、粉末にしてクレオパトラのアイシャドウに使われたという話も残っている。

そんな石の名前をヘカーティアは名字のようにして名乗っている。そのことに意味を見出すのならば、エジプト神話との繋がり、つまりヘケトの神格をも持つという説もあり得るのではないか?

 

あとがき

途中に出てきた論文を見つけたことで火が付いたため熱いうちに鉄を叩き上げたのだが、正直それ以外情報はほぼインターネット参照でちゃんと出展を用意できていないというお粗末さが残っている。

今後はじっくり調べるとしてとりあえずこういう説があるぜ!という話は出来たのでヨシとしたいと思います。

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