比那名居天子の論語の解釈について

幻覚度 4

「貧しくても恨む無きは難し」、「富みて奢る無きは易し」について

『東方緋想天』作中には八雲紫と比那名居天子の以下のような会話があります。

天子「貧しくても恨む無きは難し。地上に居るからって僻まない事ね!」

紫「富みて奢る無きは易し。鼻につくわ、その天人特有の上から目線。美しく残酷にこの大地から住ね!」

かっこいいですね。

この会話における「貧しくても恨む無きは難し」と「富みて奢る無きは易し」はどちらも『論語』から引用された言葉で、元の白文は以下の通りになります。

子曰、貧而無怨難、富而無驕易。

書き下し文に直すと、「子曰く、貧にして怨む無きは難く、富みて驕る無きは易し」となり、天子と紫がレスバトルに用いていたこの言葉は、元々一つの文章だったことが分かります。

この一つの文章でレスバトルが成立してしまっている理由は、2人がこの文章を違う解釈で読んでいるからだと思われます。

この文章を分かりやすい日本語に直すと、「孔子は言った、貧しくて怨み言をこぼさないのは難しいが、裕福な者が驕り高ぶらないのは簡単だ」というようになります。

これを天子は「なので、裕福な者の方が優れている」と、貧しい者を批判する言葉であると解釈し、紫は「なので、裕福な者は驕り高ぶらない様にするべきだ」と、裕福な者を批判している言葉であると解釈しているのだと考えられます。

大半の翻訳者は後者の紫のような解釈で書いていますし、孔子がただ貧しい者を批判するだけのことはしないと思うので、(孔子がこの世にいない以上、確かなことは言えませんが)八雲紫の解釈の方が正しいと考えられます。

それにしても、この文章の前後を切り取ってレスバトルをさせようと考える神主のセンスには痺れます。

「憤りに食を忘れ、楽しみに憂いを忘れる」について

天子は他にも『東方非想天則』において、チルノに対してこのような『論語』から引用したセリフも残しています。

憤りに食を忘れ、楽しみに憂いを忘れる。孔子が目指した生き方は、お前みたいな物だったのかもね。

この「憤りに食を忘れ、楽しみに憂いを忘れる」の元の白文は以下の通りです。

葉公問孔子於子路。子路不對。子曰、女奚不曰、其爲人也、發憤忘食、樂以忘憂、不知老之將至云爾。

書き下し文に直すと、「葉公、孔子を子路に問う。子路、対(こた)えず。子曰く、女(なんじ)は奚(なん)ぞ、曰わざる、其の人となりや、発憤しては食を忘れ、楽しんでは以て憂えを忘れ、老いの将(まさ)に至らんとするを知らずと云うのみ、と」となります。なんか長いですね。

分かりやすい日本語に直すと「葉公(楚の国の重臣)が孔子のことを子路(孔子の弟子)に尋ねた。子路は答えられなかった。孔子は言った、お前は何故こう言わなかったのか、発憤(心を奮い起こして励むこと)しては食事を忘れ、楽しんでは心配事も忘れ、老いることも知らないようでございます、と」になります。

まず、この言葉を解釈する上で大事になるのは、何に対して発憤したのか? ということだと思います。

これも大半の翻訳者は「学問」という言葉を補っています。つまり、「学問に発憤すると食事も忘れ、楽しんで心配事も忘れ、老いることも知らないようでございます」というように訳されます。

発憤の対象は別に学問だけでない(詩や音楽など)可能性もありますが、少なくとも学問も含まれていることは確かだと思います。チルノが学問に発憤している姿は想像もつきません。

個人的にはチルノの生き方が孔子の目指したもののわけないだろ、というツッコミ待ちのセリフのようにも思えます。

ちょっとしたまとめ

天子の論語の解釈は白文からそのまま読み取ったような内容が多い気がするので、天界における論語の教育は注釈書とか無しで行われてるのかなあ、みたいなことを考えたりもしました。神主はもっと天界のこと掘り下げて……

また、天子のセリフには他の中国古典から引用された言葉も多くあります。私は論語しか殆ど知らないので、他のセリフの原典もいつか読んでみたいなとか思ったりしています(いつかっていつだよ)

 

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