ここでは「ただの野雀ではない」ミスティア・ローレライが本物のローレライと考えて彼女が一体どこから来たのか、考えていきたい。
ローレライについて
ローレライとはドイツ連邦共和国、ラインラント=プファルツ州、ライン川流域のザンクト・ゴアールスハウゼン近くにある岩山。或いはその岩にいるとされる伝承のことである。
岩山付近が航行の難所であることが岩山の美しい少女が船頭を誘惑し船が川の渦の中に巻き込まれてしまうという「ローレライ伝説」が誕生した。
岩山付近での海難事故が最初に報告されたのは10世紀のことである。ドワーフやニンフ、山の精霊が原因であると考えられていたがローレライという名前でこの伝承が最初から語られていたわけではない。
ローレライという名前で歴史に登場したのは1801年のクレメンス・ブレンターノのバラード「Lore Lay」である。
ローレライの岩山が人魚やセイレーンのような姿へ変貌し船乗りを誘惑し破滅へと誘うという内容なのだがもっと深堀していきたい。
ローレライは元々魔女であり数多くの男の心を奪い破滅へと誘ってきた。司教により法廷に召喚され彼女は死を懇願する。
(適当な訳をお許しいただきたい)
「私はもう長くは生きられない。もう誰のことも愛せない。死を与えてください。その為に貴方の元へ来たのです」
「恋人は私を裏切り離れていきました。遠く、異国へと去っていったのです」
その後、司教は3人の騎士を呼び彼女を修道院へ連れいくこと、修道女になるように告げる。
騎士たちは彼女を連れて行ったがその道すがらローレライは岩山をもう一度見たいと頼み込む。
岩山に上り詰めるとこう言った。
「ほら、ライン川に小舟が来る。あの船に立っている人、あの人こそ、私の恋人に違いない。心が弾むのです。あの人こそ、私の恋人!」
そう言うと、ローレライはライン川へ身を投げ出してしまった。
そう、ローレライは恋人からの裏切りから狂ってしまった一人の女性の悲劇の物語なのである。
そしてこのローレライはその後、ハインリヒ・ハイネの詩として再登場した。
このハイネのローレライは1938年にフリードリヒ・ジルヒャーが作曲し広く知られるようになった。
ミスティア・ローレライはどこから来たのか
まずローレライの起源は10世紀なのか1801年なのかの2つで分けることができるが今回は「名づけによって妖怪が誕生する説」、つまり後者を採用することにする。
先述したようにローレライは現在のドイツ連邦共和国に存在するザンクト・ゴアールスハウゼンの近くにある為、ミスティアがこの街で生まれたと仮定する(1801年当時はヘッセン=カッセル方伯領)
ローレライの話にはいくつかのバリエーションがあるが「不実な恋人に絶望しライン川に身を投げた乙女」である話を採用する場合、ミスティアは元人間であったことになる。
何よりもローレライはパンクロックを認知している。となると彼女は長い間、外の世界もといドイツにいたことは想像に難くないだろう。
ヘッセン=カッセル方伯領、ナポレオン1世のフランス帝国、ナッサウ広国、プロイセン王国、ドイツ国(ドイツ帝国、ヴァイマル共和国、ナチス・ドイツ)、東西ドイツ…激動の時代を生き抜いた妖怪だったというのが私の見解(妄想)だ。
参考文献(wikipedia)




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