キリスト教史観における魔界とは?
それから、王は左側にいる人たちにも言う。『呪われた者ども、わたしから離れ去り、悪魔とその手下のために用意してある永遠の火に入れ。(マタイ25:41)
新約聖書のマタイによる福音書にあるように魔界というのはサタンが堕天する以前に存在していた。
キリスト教史観の魔界における神綺
つまりサタンと神綺を同一視した場合、神綺は堕天使であり魔界に堕ちてきた魔界の王ということになってしまう。
魔界の創造主であるという設定がある以上、これではズレが生じてしまうように感じる。
神綺は神から魔界の創造と統治を任された創造主と見る方が整合性が取れるのではないのだろうか。
おまけ
魔界には法界が存在する。これは仏教的な思想でありキリスト教史観とした場合、またズレが生じてしまうのではないか?そこで仏教における魔界を考えていきたい。
仏教において魔界とは仏教の反対概念であり、マーラなる悪魔が住んでいる世界である(と仮定する)
悪魔、マーラは釈迦の禅定の際に瞑想に入るのを邪魔する存在だ。魔王はマーラ・パーピーヤス。
神綺という名前も仏教的でありキリスト教史観の魔界の神とするのもまだ疑問が残るのも事実だ。
神から魔界の創造と統治を任される程の神にしては言動が幼稚な気もするのだがギリシア神話的に考えればこれも解決するだろう(多分)
※これは完全に余談だが聖白蓮のスペルカードに神綺を意識したものがあるのは神綺と面識があることを表しているのではないだろうか。

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