ドリームキャッチャーという魔除けの道具があります。
北米インディアンの文化に由来する網型のお守りです。多くの場合、丸いマンダラのような形の網に羽飾りが吊り下がっているデザインになっています。この網は夢魔の侵入を防ぐバリヤーの意味があり、飾っていると悪夢から守ってくれるのだといいます。
ドレミー・スイートのスペルカードにも、これを弾幕化した“夢符「ドリームキャッチャー」”がありますが、筆者はこのドリームキャッチャーこそが月の都とドレミーさんの関係性を端的に象徴しているのではないかと想像しています。
それでは以下にその意味について書いていこうと思います。
ドレミーさんと月の都の関係性
ドレミーさんと月の都の関係性ははっきりしていません。ドレミーさん自身は明らかに月の都内部の存在ではありませんが、かといって無関係というわけでもなさそうです。
少なくとも紺珠伝でヘカーティア&純狐に攻撃されていた期間(半年ちょっと)は、月とドレミーさんは一種の同盟のような状態にあったと思われますが、それ以前はどうだったのか。またそれ以降はどうなったのか等はいまいち分かりません。
分からないので多少解釈していく必要があります。試みに見ていくと、東方紺珠伝3面、鈴仙ルートではこのような会話があります。
鈴仙 ここは第四槐安通路かな……久しぶりだから忘れかけてるけど
ドレミー おっとそこまでよ
貴方はここを通すなって言われててねぇ
貴方に何の怨みもないけど私も仕事だからね
鈴仙 ば、獏だって?そんな馬鹿な……
なんだって夢の中で一番危険な妖怪が私の前に
ドレミー 今回の件は私も少しかんでいるんでね
この程度の仕事は義理で引き受けた形さ
さあ、良い子だからぐっすり眠って全てを忘れちゃいましょう
この「私も仕事だからねぇ」「この程度の仕事は義理で引き受けた形さ」などの口ぶりからは、何か外部委託業者のような立場が想像できます。系列外の存在ではあるけれど、仕事は請けるし指示も多少は聞くという微妙な立場……。
明確には描かれていないので決め手に欠けますが、とりあえずこのあたりを解釈して今回はヘカ純の攻撃以前からドレミーさんは何か月の仕事を請け負っていたと仮定して考察を進めていこうと思います。
月の都の目的と東方における“夢”
では仮にドレミーさんがそのような立ち位置だとすると、月の都は一体どのようなお仕事をアウトソーシングしていたのでしょうか。
それを考える前にまず、月の都の目的について確認します。月の都は大昔に長である月夜見が親族を引き連れて作り上げた都市です。その目的は穢れに満ちた地上を離れ、隔絶した世界に暮らして寿命を克服することでした。
穢れが与える寿命の存在に気付いた賢者がいた。その賢者は満月が夜の海の上に映るのを見て、穢れた地上を離れることを決意したという。(p57)
海から地上へ、地上から空へと移り住むかの様に、賢者は地上から月に移り住んだのだ。その方が月の都の開祖であり、夜と月の都の王、月夜見様である。月夜見様は自分の親族で信頼の置ける者をつれて月に移り住んだ。月は全く穢れて居なかった。その結果、月に移り住んだ生き物は寿命を捨てた。(p58)
『東方儚月抄』(小説版)より
月の都の本質は穢れを避けることであり、その為に地上と距離を置くことにあるようです。それは概ね成功したと言えるでしょう。
しかし、これと致命的に相性の悪いものがあります。それは東方におけ“夢”の存在です。東方の世界観では、全ての生き物は夢を介して繋がってしまっているのです。
全ての生き物が見る夢は実は根底部分で繋がっている。夢の中で見知らぬ場所に行ったり、見知らぬ人と出会ったり、見知らぬバグを見つけたりするのはその為だ。彼女はその夢を消したり創ったり、入れ替えたり出来る。夢の世界を上手く使う事が出来れば何処にでも行けるし、何者にだってなれる。
紺珠伝おまけtxt(ドレミー・スイート)より
東方における夢は個々人に独立のものではなく、あたかもインターネットのように全生物が接続される領域となっています。しかも強制です。
これではせっかく隔離された王国を築いたのにあまり意味がありません。夢を介して地上の穢れがやってくる恐れがまだあるからです。
「薨」夢魔による死
ところで夢と言えば今の感覚ではなんとなく楽しげなものですが、古代の人々にとっては非常に恐ろしいものでもありました。白川静の『中国古代の民俗』に、このことを示す良い文章があるので、やや長いですが引用します。
夢と死
巫蠱のことは、また媚蠱ともいう。『周礼』の疏に「媚道とは妖邪巫蠱に道り以て自ら衒媚するを謂ふ」とみえ、人を呪詛する方法はすべて媚蠱であるが、蠱とはそのうち、虫を用いる方法である。(p176)
梟磔(さらしもの)の死者もまた蠱をなすといわれているが、それは人を悪夢に苦しめ、はげしいときには意識を失わせ、死にも至らしめるものである。瞢や薨は、媚蠱による失神や悶死をいう。高貴の人の死を薨というのはのちの用義であるが、高貴の地位にあるほどのものは、薨死にあたいする所業があったものとしなければならぬ。(p177)
卜辞には畏夢のことをいうものが多く、それは人が牀上でうなされている姿にかかれている。その字をかりに夢と釈しておく。いわゆる夢魔nightmareである。(中略)夢はおおむね禍悪をもたらすもの、その前兆とされていたようである。堂々たる古代王朝の聖王たちも、この姿なき夢魔におびえ、おそれざるをえなかった。おそらくは占夢の官もおかれ、その夢兆によって種々のおごそかな儀礼が行われたのであろう。(p178)
吉夢を献じ、悪夢を堂贈の法によって祓い、媚蠱から守るための儀礼が怠りなく行なわれるにかかわらず、悪夢によって命をおとすことがある。それを薨という。薨々という形容詞は、詩篇の周南「螽斯」では、バッタの飛び立つ音であるが、もとは惛睡状態をいう語であろう。夢といえば、いまの語感では楽しいものを予想させる。しかしおそるべき媚蠱の世界に住んでいた古代の人びとには、それは死への予感でさえあった。(p179)
以上に拠れば、古代人(特に貴族)にとって夢は命を落とすことさえある危険なものであったと知れます。「薨」という漢字は「夢」の省略形に「死」を組み合わせた形になっていますが、この字も白川説によると本来は夢魔によって死に至ることを意味するものといいます。
高貴の人の死を薨去などというのは、古代中国において貴人がしばしば夢魔に襲われて命を落としていたことの影響だというのです。
月の民もあるいは同じように夢魔を恐れ、非常に神経質になっていたのかもしれません。呪詛を帯びた蟲など、いわば穢れの中の穢れでしょう。
夢符「ドリームキャッチャー」
夢を見ること自体は避けられない以上、夢魔を防ぐためには何か工夫をするしかありません。そこで月の都はドレミーさんに声をかけたのではないでしょうか。ドレミーさんは夢の支配者であり、悪夢を喰らう獏の妖怪です。最も適任だったことでしょう。例のドリームキャッチャーであたかも蜘蛛の巣の様に夢魔を防いでくれることが期待できます。ドレミーさんが何か仕事を請け負っていたとすれば、これなのではないでしょうか。
ドレミーさんはドレミーさんで、紺珠伝や憑依華を見ていると利他的な性格の持ち主という事が分かりますので「まあ、お困りなのでしたら…」とそれを了承したのではないでしょうか。完全に想像ですが。
霊獣獏と月の都の親和性
ドレミーさんの種族は獏です。白澤などと同じく中国で古くから信じられてきた霊獣です。月の都は嫦娥のこともありますし、建築や街並みが著しく中国的ですので、獏であるドレミーさんとの親和性は高いように思われます。元ネタ的に考えると、もしかすると両者はかなり古い付き合いなのかもしれません。
大人気スイート安眠枕!
『東方文果真報』で登場し、のちに「しまむら」から実際に売り出されたことで更に話題となったスイート安眠枕。単にドレミーさんが作ったものだからそのパワーで安眠できるという趣旨のものかと思われますが、これには実は元ネタ的な裏付けもあります。
まず「節分の晩に獏の絵を枕の下に敷いて寝ればこの獣が悪夢を食べてしまう」という俗信がありました。これは日本のみの俗信ですが、中国にも例えば白居易の貘屛賛の序に「其の皮に寢ぬるときは、瘟を辟け、其の形を圖すれば邪を辟く」とあり、獏の皮の上に寝たり、その姿を屏風に描いたりすれば邪気を祓うものとされてきました。このあたりの信仰をスイート安眠枕はかなり継承してるように思えます。
インフルエンサー大絶賛!のスイート安眠枕。それはあるいは月の都でも大ヒットの商品になりうるやもしれません。
参考文献
・『中国古代の民俗』/白川静/講談社学術文庫
・『新訂字統[普及版]』/白川静/平凡社
・『普及版世界大博物図鑑5[哺乳類]』/荒俣宏/平凡社
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