獏と白沢、それから後戸〜五百羅漢寺獏王像を主題に〜

 東京目黒に五百羅漢寺というお寺があります。およそ300年ほど前に黄檗宗の仏師松雲元慶が開いた寺で、その名は元慶が一人で彫ったとされる五百羅漢像(釈迦の弟子たちのこと。現在は300体ほど現存)にちなみます。当初は本所にありましたが、紆余曲折を経て百年ほど前に東京目黒に移転してきました。

 さて、五百羅漢寺には「獏王像」という像が安置されております。こちらも元慶によるもので、同じく元慶作による麒麟像(初代のものは幻想入り。今あるのは最近制作された二代目)と対になる存在です。

 ところでこの獏王、写真を見てもらえればわかるかとは思いますが、あまり我々のイメージする漠とは似ていません。象めいた鼻はなく、むしろ人のような顔。九つの目。短く扇状に広がった尻尾。

 角が無いことを除けば、その姿はむしろ「白沢(ハクタク)」に近いと言えるでしょう。実際獏と白沢はどういう関係であったのかというと、江戸時代の百科事典『嬉遊笑覧』には「白沢は獏である」という記述があります。『嬉遊笑覧』は1830年成立ですから、五百羅漢寺創建及び獏王像制作から100年以上後には両者は同一視されていたのであろうと考えられます(ちなみに日光にも獏と白沢がいますが、それらは別々の扱いのようです)。実際、この獏王像は本来は白沢であったなんて話もあります。

すなわちこれを根拠とするのなら、どれけーねの成立です。やったね。

 さて、獏王像には興味深い伝承があります。かつて移転したり衰退する前の羅漢寺には巨大なお堂がございました。その中央には本尊釈迦如来像が安置されていたというのですが、どうやら獏王像は、麒麟像と共に「“本尊背面にある”護法神宮」に祀られていたというのです。

つまりはこの獏王像も「後戸(本尊背面の空間。仏堂背面の扉。時折神が祀られた)の神」の一種ではないでしょうか。「後戸の神」と言われたら、東方を知る多くの人はやはり摩多羅隠岐奈、ひいてはその元ネタたる摩多羅神(主に天台宗の念仏道場・常行堂に祀られる神。様々な特性や信仰実態を持つため全容が掴みにくい)をまず連想するでしょうが、後戸の神は他にもいるようなのです。確証は取れないのですが、東大寺法華堂の執金剛神や二月堂の小観音などがその例として挙げられます。また東寺御影堂の弘法大師像背面に祀られる秘仏「不動明王」もそれなんじゃないかなーと思ったりもしています。

 つまりは「後戸の神」は東方ではともかく、仏教史・宗教史においては決して摩多羅神の専売特許ではなく、獏王像が「後戸の神」であったとしても不思議ではありません。これにておきドレ立証です。

 とはいえ、この見解についてはいくつか問題点がありますので、それも提示させていただきます。

 まずは獏王像が祀られている形態についてです。江戸時代のガイドブック『江戸名所図会(18冊目)』を参照してみると、麒麟像共々厨子などの中に隠されているわけではなく、人々の目に触れる形で安置されています。現代でも獏王像と麒麟像は実際にこの目で見ることができます。

 「後戸の神」は私の知る限りでは、秘神・秘仏的な扱いをされることが多いようですから、その点で考えると後戸の神としての獏王像は異質です。

 配置を見てみると、本尊背面にあるのは「護法神宮」であろう小さなお社で、獏王像と麒麟像はその両脇に置かれています。像のサイズ感や姿を見てもどちらかというと狛犬的な扱いを受けていたようにも思えます(まさかのドレあうん?)。もしかすると、獏王と麒麟は脇侍の文殊菩薩・普賢菩薩にそれぞれ対応するのかもしれません。

 そもそもこの獏王像や、「広義の後戸の神」に関しては資料や文献が少なく、それが「獏王像後戸の神説」を不明瞭にしています。また先述の「獏≒白沢」も自分が調べた限りでは、『嬉遊笑覧』以外にはそのような記述がある書物は見つからず、信ぴょう性も少し怪しいところがございます。ゆえに今私が書いている記事が少ない資料に基づいただいぶこじつけくさいものであることをご承知くださいませ。

 とはいえ、この獏王像とその伝承は宗教的にも東方的にも非常に興味深い存在ですし、ドレミー、慧音、隠岐奈の関係性の考察や二次創作のきっかけにもなり得るかもしれません。本記事がその発破剤になれたらいいなということで、ここいらで筆を置かせていただきます。

結論

ドレけーねとおきどれは流行らせろ。その前に認知されろ。

参考文献

五百羅漢寺公式サイト、2月20日閲覧(https://rakan.or.jp/

輪王寺公式サイト、2月20日閲覧(https://www.rinnoji.or.jp/

小田雄三「後戸の神」(宮田登・坂本要編『仏教民俗学大系8 俗信と仏教』(名著出版、2016年5月)

川村湊『闇の摩多羅神: 変幻する異神の謎を追う』、河出書房新社、2017年12月

国際日本文化研究センター「怪異・妖怪画像データベース」https://www.nichibun.ac.jp/YoukaiGazou/

湯本豪一『日本幻獣図説』(講談社学術文庫、2023年3月)

WEB版新纂浄土宗大辞典(http://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8

国立国会図書館デジタルコレクション「江戸名所図会7巻【全号まとめ】、3月7日閲覧

https://dl.ndl.go.jp/pid/2608887

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