平成十七年の上海アリスと幻想郷の歴史について

幻覚度 5

この記事は2018年に筆者の個人サイトに掲載した文章の再掲です。

 平成十七年といえば2005年の事である。2005年の東方といえば東方花映塚の年であり、世界観的にも幻想郷の転生の年、メタ的にも紅魔郷・妖々夢・永夜抄の三部作から風神録以降の新展開への過渡期にあたる重要な時期である。6面制のSTGが休止している中、周辺作品が多数出て世界観が一気に固まった時期でもあり、現在の幻想郷の礎が築かれたのはこの永夜抄から風神録の間あたりの時期であると言っても過言ではないだろう。今回はそんな2005年ごろの東方の内、とある一つのフィーチャーに焦点を当てて幻想郷についてちょっとした一見解を述べたいと思う。

 さて、結論から言うと今回話題にするフィーチャーは「歴史」である。永夜抄から風神録前にかけて、東方では歴史に関わる要素が頻出する。「歴史を食べる/創る程度の能力」を持つ慧音や歴史の流れない永遠亭など、まず永夜抄が「歴史」を一つのテーマとしているように思える。幻想郷の暦が登場したのもこの時期で、書籍文花帖で第○季の表記、東方花映塚で三精・五行・七曜の数え方が一周するタイミングが示され、幻想郷の始まりの時期がここで明らかになった。このあたりは2006年発行の東方求聞史紀でより詳しく記述され、作中キャラクターの認識している所という形ではあるが幻想郷の歴史がかなり確固としたものになったといえるだろう。筆者自身は未見で伝聞の情報であるが、東方紫香花、「記憶する幻想郷」も花映塚や求聞史紀に関連し、歴史を話題にした作品であるらしい。ついでに言えば、幺樂団の“歴史”の頒布もこの頃である。
 連載作品に目を向けると、この時期は三月精第一部、第二部、東方香霖堂が連載されている時期だが、歴史という点について注目してみると、東方香霖堂の第十七話(単行本基準)「洛陽の紙価」に興味深い記述がある。曰く、「幻想郷には歴史らしい歴史がない」らしい。この話の初出は2005年末、求聞史紀が発行されるより前であり、メタ的にもまだ固まった歴史が無い時期であるのだが、世界観的にも霖之助が歴史と見做す物が存在していない世界であったという事が分かる(そうなると妖々夢バックストーリーの幻想郷風土記の存在が謎なのだが……)。実際、PC98版時代は言うに及ばず、紅魔郷あたりの幻想郷はその世界観が非常に曖昧模糊で、地に足の着いていないふわふわとした印象を受ける。霖之助が自らの日記により幻想郷の歴史を興そうという意気込みを語ったのは、幻想郷の設定を固める途上にあるZUN氏の意気込みを代弁したものであるのではないかとも考えられるかもしれない。

 ここからが本題。永夜抄以前、特に紅魔郷までの幻想郷はメタ的にも世界観的にも歴史の薄い世界である。2004年の慧音の登場から2006年末の求聞史紀の刊行までの諸々により幻想郷の世界観に歴史が与えられたわけだが、歴史のある世界と無い世界とどちらがより幻想的で理想郷に近いかと言えば、明らかに後者であると言わざるを得ない。これは風神録以降の新しい東方の世界観に難色を示す話ではないが、掴みどころのない楽園としてのイメージをより強く持っているのはやはり永夜抄以前の幻想郷だろう。小説版儚月抄の輝夜の回では、人間の歴史は争いと成長の歴史であるとも述べられているが、これを採るならばかつての幻想郷は争いも成長も無い世界に近いといえるだろう。霖之助によれば事件が起こらないわけではないらしいが、客観的な記録がされているわけではないようだ。
 ここで蓬莱人形ファン的に思い出されるのは、「そんなことは、大したニュースでもない」、「今日も何事も無い一日だった。明日も何事も無い事が約束されている。」である。これらから考えられる楽園とは、日々物が壊れたり人が死んだりもするが、長い目で見れば記録に残るような大きな事件も諍いもなく、延々と日々の生活が営まれる世界が想像される。このイメージには桃花源記に描かれた桃源郷の描写と通じる所もある。この桃源郷も歴史から切り離された穏やかに日々が送られる世界である。
蓬莱の地とは、死も苦も無い世界ではなく、このような歴史の無い世界の事なのかも知れない。

全く関係の無い話だが、東方の設定周りはソースが方々に散らかっていてどこに何が書かれているか把握しきれなくて困る。
紅魔郷のエンディングで穏やかさと永遠が重ねられているくだりも盛り込みたかったけどタイミングが無かった。

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