幻想郷における銃について

幻覚度10

先日公開された東方酔蝶華にて魔理沙が銃を持っていたのが話題となった。今回は幻想郷において実在が明言された銃について考えていきたい。

 

1885年の農村に銃はあったのか

 

※今回参考にしたのは小平市立図書館/こだいらデジタルアーカイブの資料につき、小平市の記録が主となることをご了承願いたい。

 

江戸時代の村落にも銃(火縄銃)は存在した。しかしこの時代はあくまでも狩猟や害獣駆除の為として領主の許可を得て使用されており地域を守る為に武装していたわけではないことに留意したい。

しかし時代が近世になるにつれて所謂アウトローが銃と刀で武装するようになった。そこで幕府は村人を農兵として組織した。この農兵はゲベール銃が幕府より貸し出される形で武装を行っていた。

実際に小平市域の村では和銃とゲベール銃を慶応年中埼玉県入間郡所沢町市場に於て姓名不明なる古物商なる者より買い取ったとする記録が残されており、幕末には日常的にも銃は流通していたと想定される。

 

明治維新後、農兵に貸し出された銃についてはこのような記録が残されている。

 

これまで拝借していた洋式銃について返納するように命じられたが、村人は「近来物騒敷時節悪もの共立廻り万一乱入およひ候節筒これ無く候ては差し支え」と、維新後も治安は悪いままであり、銃が無くては立ち向かえないので、引き続き鉄砲を借りたいと話した(韮山県はこの申し出にゲベール銃が旧式なのでミニエー銃を代わりに貸し出した)

 

この事から村人が自衛のために武装、そのために洋式の銃を借りていることが分かる。村人は徴兵制施行前の段階で武装していたのだ。

 

ちなみに秩父事件では困民党は蜂起に銃を使っておりこの時期に一揆があった場合、使用されるケースもあったと思われる。(竹槍も使用されていた)

 

明治5年の銃砲取締規則を受けて、明治6年、あらためて民間の鉄砲調査が行われた。この時の調査で小川村には5挺の、小川新田には3挺の、廻り田新田には1挺の、計9挺の拝借銃(ミニエー銃)がある一方、そのほか3挺の所持銃(ゲベール銃)が確認された。

 

民間の銃は国が詳細に把握することとなったがこの時、農村の銃が国によって没収されることはなかった。

 

幻想郷で使用されている銃の予想

 

1885年以前の銃を適当にリストアップした。執筆者はミリタリーには明るくないので有識者の意見を募集したい。

 

  • 1.火縄銃
  • 2.村田銃(1880年に大日本帝国軍が採用)
  • 3.スナイドル銃(帝国陸軍が使用)
  • 4.マルティニ・ヘンリー Mk.1~4(帝国海軍が使用)
  • 5.レミントン M1859(南北戦争で使用)
  • 6.スペンサー銃(南北戦争で使用)

 

その他にも戦争の作戦行動中に行方不明になった兵士が持ち込んだ銃も含むと膨大な数になる。

 

参考文献

 

民衆暴力―一揆・暴動・虐殺の日本近代(中公新書)

 

コラム 村の鉄砲の行方

【コラム 村の鉄砲の行方】

 

秩父事件 ~圧政を変じて良政に改める~

https://chidanken-saitama.jp/2023soukai/chichibu/chichibu-2.html#:~:text=%E7%A7%A9%E7%88%B6%E4%BA%8B%E4%BB%B6%E3%81%A8%E3%81%AF%201884,%E5%9B%B0%E7%AA%AE%E3%82%92%E3%81%8D%E3%82%8F%E3%82%81%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82 

 

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