理解を拒む文と、理解に染まる力

『そうか 今日は夏ではなかったんだ』

ここだけ、知識を言われてる訳でも流し込まれてる訳でもないのに理解に至ってしまっている 至ってますよね。
入ってものの数秒(諸説しかない)で。流石に蓮子なら土用くらいは知っているでしょうが…

理解範囲を捻じ曲げる力があるの それこそ蓮子クラスのねじ曲がった存在であろうとも

――郷に入っては郷に染まれ――

ここだけ主観が主体になっています。なんと蓮子であろうとも。
辛うじて力があったから染められていますが、染まる隙間のない心ならどうなっていた事やら…

7/7の2週間後は反転させると今日(1/21に書いた)です。どっかずれてたら知りませんが。この文の作成時間は昼前位。
念のための1日ずらしはセーフティ。
まあ別に「2週間は経とうとしていた」位のあやふやさではありますが。

――例え考察が間違っていたのだとしても――

間違いの判断基準は何処にあるのかとか、間違いが扉引き寄せてるんなら間違えまくってやるってーか。

普通、禁断の扉の向こうに放り込まれたら視界じゃなくて意識を失います。それでも視界って書かれていたのは、第三者が書けているから。
…普通?まるでそんな体験があったかの如く言う。

まあそれは兎も角、意識あるまま飛び込めたのは 蓮子が 受け入れられたからです。つまるとこ、染まる真っ最中だったって事ですね。こんな世界の敵すら受け入れる世界寛容すぎる。饕餮並。

――受け入れたのは両方――

普通、違和感を真実と出来て 地蔵ひっくり返せるパワーもあって トドメに腕突っ込める存在なんていませんよ。三重結界。
思いついても行動に移せる奴なんてまあ現代にはいません。いることにされない。

でも、蓮子は想像を超えました。
それ其の物が、力が身に付いたという何よりの証拠でしょう。

もう本人も言っているとおり、霊みたいなものなのかもしれません。別に幽霊って元人間だけではなく、気質の具現なので。
そこら中にいまくります。冥界じゃなくても飽和。いることにされない。

いるのにね

こんなもんかな。一応タグ付けはしておくけど、タイトルだけで判定されるなら七夕坂の派生として読まれない まさに結界。
半日後をお楽しみに。って楽しむの意識できるの私だけやん。幻想的独善思(ry

 

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