仙人にはいくつか種類があり、その中で一番ランクが低いのが『尸解仙』であることはみなさんご存知であろう。尸解の方法は『剣や皿等を身代わりにして死んだように見せかけて(もしくは一度死んで)なる』というものだが、どうやら『死んだと見せかける』方の尸解の仕方が一般的なようなのだ。東方における霍青娥のバックストーリによると『覚えた術を使い竹を自分の死体に見せかける。家族はそれを埋葬したので青娥本人は仙人修行の為に俗世を離れた(意訳)』らしく、「一度死んだ(眠った)」とは書かれていない。元ネタ『聊斎志異』の青娥も『竹を死体に偽造させ、仙人になった父親の住む洞窟(奥は仙界になっている)に隠棲した(意訳)』そうなので、死は見せかけのパターン、つまりは一般的な尸解の方法をとったのだろう。するとここで不可解な点がある。そう、神子、屠自古、布都が行った尸解は『一度死ぬ』方であるのだ。さて、神子に仙人や道教の事を教えたのは果たして誰であったか。そう、青娥だ。尸解の方法も青娥が教えている。しかし、神子たちは青娥のとった尸解ではない方の尸解をしているのだ。いくら名家(霍家)に嫁いだとはいえども一般人の青娥が眠っていないのに、皇族や豪族の彼女たちが眠らないと尸解仙になれないのだろうか。神子は錬丹術に用いた水銀などによって逆に体を壊してしまっているので、一度死ぬ方を選ばざるを得なかったのかもしれぬ。しかし、最初から青娥のように術を覚えて死体を偽造していれば良かったのではないかと思える。丹を服用するより、術を覚える方が手っ取り早く仙人になれると個人的には思う。現に神子と布都の復活には約1400年もかかり、屠自古に至っては失敗し亡霊となってしまった。そして今となっては『尸解仙』表記ではあるものの今まで『人間?(尸解仙を自称)』だった布都の存在が俄然不気味に思えてくる。
皆さんはどうお考えになるだろうか。

コメント
キャラ設定テキストでは「不老不死の研究→体を壊す→体がもたないので(体を捨てることのできる)尸解仙を選択」という順番だと読めるので、神子は長寿になれるなら何でも良かったわけではなく、尸解仙は神子の求める理想の超人化とは違ったのではないでしょうか。つまりその気になれば尸解仙にはいつでもなれたけれど、敢えて別の路線を志望していたと考えるのが妥当かなと思います。