私は以前の試論においてこいしが自身の気配をいかにして隠すのかについて考察した。その結論として私が主張したのは「こいしは自分から発する知覚情報について、対象者(こいしを見た者)の無意識に干渉し、その情報を無意識から意識に浮上できないようにすることで認識を阻害している」というものである。
だが、この仮説だけでは「実際にこいしを認識する者が存在すること」や「同一人物であっても、認識できるときとできないときがあること」という、それでもなおこいしは認識されるという事実についての説明は保留していた。
そのため、本考察では「こいしはどのようにして他者から認識されるのか?」について考察を行う。
1 古明地こいしの認識方法解明に向けた予備知識
議論の都合上一つだけ仮定を置く。それは「こいし自体は自我と意識を持って行動ができるものとする」という前提である。これはもちろん公式設定ではないが、議論を分かりやすくするために必要な仮定であるのでご容赦いただきたい。
この前提に立つと、こいしは自分の意思により他者の無意識を操作することができることになる。
この時、こいしが気配を消すということは「誰にも会いたくない(気付かれたくない)ため、他人の無意識に干渉し、こいしに対する知覚を無意識に留めて意識に浮上させないようにする」という説明が可能となる。そして嫌っていない相手や何か用事のある相手、話がしたい相手についてはそのような干渉をしなければよいのだから、状況によって他者との関係を選択することも可能であると考えられる。
2 古明地こいしの認識法①-こいしの心の蠢き–
さて、前章では公式設定と異なる前提を置いた場合、こいしは自分を認識できる人間を取捨選択できると説明した。無論、これは仮定の話であるからそれだけでは十分な説明にはならない。そこで、原作設定に立ち返って考える。
するとこいしは人から嫌われることを理由に瞳を閉じた。すなわち「人と関わりたくない」という意志が読み取れるだろう。そうであれば、こいしは基本的に人に気付かれたくないのであるから、本来は万人に対して認識されないように能力を使用するはずである。
しかし、こいしも人に用事がある場合がある。『東方地霊殿』ではペットに力を与えるために妖怪の山へ出向いているし、誰も居なかったために魔理沙の前に立ちはだかった場面もある。この時、こいしの心情としては「人と関わりたくない」という感情よりも「人に何かを尋ねたい」という欲求のほうが強く働いていたと考えられる。そうだとすれば、こいしの無意識においても人に何かを尋ねたい、すなわち話がしたいという欲求が生じ、それゆえに認識をされたいという方向へ心が働く可能性が考えられる。つまり、この章で私が提起する一つ目の認識法は「何らかの必要によって、こいし自身が人から認識されたいと思うことで、対象者の無意識に縛り込まれたこいしの知覚情報を解き放ち、意識へと浮上させる」という方法である。
しかし、このとき「本来であれば認識されたくないにもかかわらずに認識されてしまう」場合はどうなるのか。次章ではその点について論じる。
3 古明地こいしの認識法②-知覚の主導権争い-
前章ではこいしの無意識に起因する方法として、こいしが自ら認識されに行くという認識法を提起した。本章ではもう一つ、逆の方法、すなわち「こいしと相対する人物の力によってこいしを認識する方法」について検討する。
まず第一に「こいしは一切他者に認識されたいと思っておらず、常に対象者の無意識領域にこいしの知覚情報を縛り付けようとしている」という前提で議論を進める。すると、前章で述べたように、こいしは対象者に対してこいしに関する知覚を無意識領域に縛り付けようとする。
ここで、二つのセリフを引用する。
あ、兎さん。こんにちわ。その眼には私の姿が映るのね。(深秘録,古明地こいし,VS鈴仙・優曇華院・イナバ、対戦勝利時のセリフ)
その無意識の身のこなし、みんなには効いているけど、私の眼には丸見えよ。(憑依華,鈴仙・優曇華院・イナバ,VS古明地こいし、対戦勝利時のセリフ)
つまり、こいしの無意識を操る能力をもってしても、鈴仙には認識されているのである。それでは、いかにして鈴仙はこいしを認識できるのであろうか。
こいしの能力は無意識の領域にあるものを操る能力である。そして、こいしが能力を発揮するためには、一度無意識を経由しなければならないという点は、私の試論②において主張しているところである。
そうだとすれば、鈴仙がこいしを認識するためには2つの可能性が考えられる。一つは鈴仙もその能力で無意識に介入することが可能であり、こいしよりも強力にその能力を行使できる場合である。もう一つは、こいしに関する知覚情報が無意識領域へ突入する以前、その情報の主導権を奪取する場合である。
私は後者によって簡潔に説明可能であろうと考えている。
まず、試論②でも述べたことであるが、知覚情報は目という感覚器官を通して神経を経由し、最終的に心的領域へ突入する。その際、知覚末端という心的機能を介するのであるが、知覚末端にこいしの知覚情報が到達したとき、一瞬だけ意識に上るものの、それはすぐに無意識へ移行する。
ここで、鈴仙の能力については次のような記述がみられる。
鈴仙の能力は光のみならず、物体が持つ波動、精神が持つ波動、電磁波、全てを操る。
さらには方向だけではなく、波長、位相、振幅を操る事が出来、彼女の赤い眼を見ると人間妖怪問わず全てがその能力の影響を受けてしまう。(東方三月精,上海アリス通信 三精版 第7号より)
例えば、視覚情報や聴覚情報は波として伝達される。精神が持つ波動という括りに含まれているという可能性もあるが、いずれにせよ、これらの波長を操ることが可能であれば、目から脳へ、そして知覚末端へ到達するまでの外的刺激は少なからず波の性質を持つことになる。そのため、心の領域に入る以前、すなわち外界にこいしの知覚情報が存在している段階であれば、その情報(波)の支配権を鈴仙が奪取できる可能性がある。
そうであれば、こいしに波の主導権を握らせない、あるいは知覚末端に突入して無意識領域へ移行させることなく、継続して認識し続けるということも可能であろうと考えられる。
ただし、本考察においては鈴仙がこいしから波の主導権を奪うのはどの波であるかについての議論は行わない。なぜなら、精神が持つ波動の具体的な性質は不明だが、仮にあらゆる波があらゆる範囲で主導権争いを行うにせよ、外界における視覚情報の時点で主導権を奪ってしまえば、無意識の領域を操るこいしより先にこいしという存在の認識を確保できるからである。このことは波長、位相、振幅まで操作ができるのであればこの段階から波を操作できるとみるのが自然であろう。
これらのことから、鈴仙は無意識領域でこいしの能力と競合するのではなく、知覚情報が無意識へ到達する以前の段階において認識の主導権を奪取しているのであろうと考える。
4 本考察のまとめ
本考察では、私の試論②で主張したこいしが無意識操作の能力を発揮した際のメカニズムに基づいて、その能力をもってしてもこいしが他者から認識される場合のメカニズムについて考察を行った。その結果として二つの方法、すなわち「こいしの心的な欲求により、自身を認識できるように無意識を操作する方法」と「こいしを見た人間の能力により、心的領域の外部においてこいしの知覚情報を支配する方法」を提案した。
本考察を行うにあたり、私は相月八舞兎氏の「無意識を操る程度の能力とは何なのか ~波長を操りながら紐解く」(2024)から多くの示唆を得た。
氏の考察ではこいしの認識法について「パッシブ説」と「アクティブ説」という二つの説を提示している。私が今回行った考察は、氏の考察に着想を得た「こいしVS鈴仙」という構図に限ったものであり、氏の考察でも言及されているように、こいしが認識される例は他にも存在するが、それらについての考察については本考察では踏み込んでいない。
そのため、私の考察も今後修正を迫られる可能性はあるが、本考察の最後に、現時点の私の仮説に基づき、次のような説を提案しておきたい。それは、「基本的にはこいしはアクティブ説により認識されないが、こいし自身も無意識で動いているせいで実質パッシブ説的な能力発動になっている」というものである。

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