吸血鬼異変概論

吸血鬼異変とは

「吸血鬼異変」という名称とその概要は『求聞史紀』が初出であり、それ以外の作品内で言及されたことは無い(*1)。
『求聞史紀』「吸血鬼」の項と「博麗霊夢」の項の記述をまとめると、異変は以下のような顛末であったことがわかっている。

・大結界成立の影響で妖怪たちの気力が落ちていた頃、外の世界から吸血鬼が現れる(幻想郷に吸血鬼が現れたのはこのときが初)。
・吸血鬼は縦横無尽に暴れ、幻想郷の多くの妖怪たちを部下にした。
・最終的に最も力のある妖怪たちが吸血鬼を叩きのめし、いくつかの契約を結んで和解に至る。
・事態を重く見た妖怪たちは博麗の巫女と相談し、今日のスペルカードルールが考案される契機となった。

(*1)もし見落としていたらコメントで教えてほしいです。

異変の首謀者

 吸血鬼異変の首謀者は「吸血鬼」としか書かれていないため、それがレミリアたち(紅魔館組)なのかそうでないのかという点でしばしば議論が起こっている(*2)。

 なかでもよく焦点となっているのは

一番最初にそのスペルカードルールを使って異変を起こしたのが、大騒ぎした吸血鬼が起こした紅霧異変だと言われている。

――ZUN『東方求聞史紀』一迅社,2006,p.116

という『求聞史紀』の一文だ。
 この文章は吸血鬼異変の概要の一部であるため、「大騒ぎした」は吸血鬼異変のことと捉えるのが自然である。よって普通に読めば、「吸血鬼異変で大騒ぎした吸血鬼は、紅霧異変の首謀者と同一人物(レミリア)である」というふうに読める。
 しかし、この「大騒ぎした吸血鬼」が指す対象を特定個人ではなく種族名と解釈した場合、「吸血鬼異変で大騒ぎしたのと同じ種族である〝吸血鬼〟が、その騒動の産物であるスペルカードを使った初めての異変を起こした」という因果的な文脈に様変わりしてしまう。

「吸血鬼異変の首謀者≠レミリア」説の根拠として、『求聞史紀』「十六夜咲夜」の項に書かれた以下の文章がある。

後に紅魔館は館ごと幻想郷に移転する事になったのだが、異様な環境の幻想郷に違和感(*6)を感じ、最初は吸血鬼にも幻想郷の人間にも抵抗を感じていた。

*6 既に吸血鬼に対して奇妙な契約が交わされていた。詳しくは吸血鬼の欄を見よ。

――ZUN『東方求聞史紀』一迅社,2006,p.124

 注釈に注目してほしい。これによれば、レミリアたちが幻想郷を訪れたときには「既に吸血鬼に対して奇妙な契約が交わされていた」と読め、吸血鬼異変はレミリアが現れる以前の出来事であったと断定できる。「奇妙な契約」が指す内容の不確かさについても、「吸血鬼の欄を見よ」との誘導から吸血鬼異変時に交わされた件の契約であることが疑いない。
 この文章の本文は咲夜の過去を巡る阿求の想像に過ぎず、「異様な環境の幻想郷に違和感を感じ~」といった描写は必ずしも事実ではない。しかし、紅魔館組の来訪と吸血鬼異変との前後関係は咲夜の過去を推測するための前提となる部分であるため、阿求による創作の介在を疑う必要が無い。

 他にも、『求聞史紀』「レミリア・スカーレット」の項の「この妖怪に纏わる逸話」欄に吸血鬼異変の記述が無いこと、また同欄にて「紅魔館の存在が人間の間に大きく知れ渡った異変」が吸血鬼異変ではなく紅霧異変とされていることなどが「吸血鬼異変の首謀者≠レミリア」説の傍証になりうる。

 一方、首謀者の名前が頑なに記されていないことは「首謀者=レミリア」説に有利に働きうる要素である。
 この点については少々メタ的な視点からの解釈を試みたい。ZUN氏は吸血鬼異変の首謀者をメインキャラクターとして登場させるつもりが無く、あくまで幻想郷の歴史を説明する背景情報の一つとして描きたかったのではないだろうか。そう仮定した場合、首謀者に個人名を与えてしまうことは『求聞史紀』という書籍(≠幻想郷縁起)を読むうえでのノイズとなりうる。
 あえて吸血鬼という種族を選んだ理由は、前述した「吸血鬼の暴挙によって生まれたスペルカードルールを、別の吸血鬼が初めて異変で(平和的に)使用した」という奇妙な運命を描きたかったと考えることで一応説明できるのだが、これらは無根拠な想像であり、結論ありきの牽強付会と言われれば否定できない。

 総合すると、「首謀者=レミリア」説の根拠となる要素は確かに存在する。特に「大騒ぎした吸血鬼」うんぬんの読解問題がその最大のものだろう。しかしながら、対する「首謀者≠レミリア」説の根拠である「既に吸血鬼に対して奇妙な契約が~」という一文も、前者と同程度かそれ以上に覆し難い。
 よって、わたしがこの場で出す結論としては、一先ず「吸血鬼異変の首謀者はレミリアでない可能性が十分にある」とさせてほしい。

(*2)2016年発売の『東方外來韋編 <弐>』p.47にはスペルカードルール制定の切っ掛けとなった異変(吸血鬼異変)を起こしたのはレミリアであるという旨のことが書いてあり、ネット上ではこの記述をもって「吸血鬼異変の犯人が確定した」とする声も散見される。しかし当該文章は恐らくZUN氏以外の人間が書いたものであるため、これは公式な設定ではない。また、小説版『儚月抄』第一話が掲載された『キャラ☆メル 2007年8月号 vol.1』の解説文でも同様にレミリアを吸血鬼異変の犯人として扱っているが、これも文章の雰囲気からZUN氏が書いたものではないと思われ、根拠にならない。

追記:
本記事投稿後、海景優樹氏によって「首謀者=レミリア」説と「既に吸血鬼に対して奇妙な契約が~」を両立させる新解釈『レミリア・スカーレット、吸血鬼異変後一時帰宅説』が提示されている。まったくの盲点だったのでぜひ参照してほしい。

発生時期

 吸血鬼異変の正確な発生時期は判明していないが、いくつかの条件によって大まかな目星を付けることができる。
 大前提として、吸血鬼異変がスペルカードルール誕生の直接的な原因であることから、スペルカードが初めて使用された異変である紅霧異変(第百十八季夏)よりも新しいことは絶対にない。

 また、スペルカードルールを制定したのが博麗霊夢であるという事実も判断材料になりうる。
『求聞史紀』「博麗霊夢」の項に

 いかなる妖怪でも博麗の巫女を倒す訳にはいかず、妖怪の存在意義が消えようとしていたが、彼女は画期的な手段を持ってその問題を解決する。
 それはスペルカードルールの導入である。

――ZUN『東方求聞史紀』一迅社,2006,p.112

とあることから、スペルカードルールを制定した「博麗の巫女」とは霊夢である。
 吸血鬼異変の発生から終結、スペルカードルール制定までの期間中に巫女の代替わりが起こった可能性は十分にあるが、数十年単位での時間経過は無いと見てほぼ問題ないだろう。

 そして、幻想郷に初めて現れた吸血鬼が吸血鬼異変の首謀者であることから、吸血鬼異変のタイミングはレミリアたちが外の世界からやってくるよりも前となるのは前述したとおりである(首謀者≠レミリアの場合)。
 しかしながら、レミリアたちが幻想郷へ来た正確な時期もまた判明していない。そこで参考になるのが、レミリアの住居である紅魔館の存在が確認された年代だ。
 書籍版『文花帖』「ルナサ・プリズムリバー」の項を見ると、プリズムリバー楽団が紅魔館前でライブをしたという記述がある。この新聞記事の発行時期は「第百十三季 文月の一」、つまり紅霧異変が発生した第百十八季の五年前に、すでに紅魔館が存在していたことが確定している。

 問題となるのは、紅魔館がレミリアたちとともに幻想入りしてきたのか、それとも先に幻想入りしていた紅魔館に後からレミリアたちが入居したのかという点だ(*3)。
 先の阿求によるストーリー(「後に紅魔館は館ごと幻想郷に~」)によれば、紅魔館とレミリア一行の幻想入りは同時ということになっている。これは微妙なところだが、阿求による創作を疑う蓋然性は薄いように思われる。
 また、『文花帖』ルナサの件の記事には「幻想郷名所案内」として紅魔館の紹介が載っている。そこには「吸血鬼やそれに仕えるメイドが住んでいる」とあるため、やはりレミリアたちは第百十三季の時点で幻想郷にいたと考えるのが自然だろう。ただし、この「幻想郷名所案内」というコラムは、同じく紙面に掲載されている「幻想の音覚」同様、『文花帖』読者に対するメタ的な文章としての性質が感じられる。執筆者は射命丸文となっているものの、本当に「第百十三季 文月の一」の記事に挿入されたものであるかという点には僅かな疑念を呈したい。
 この「幻想郷名所案内」によれば、紅魔館は「いつからそこに有ったのか判らないが、そんなに昔から有った訳では無い筈だ」とのことである。

 長々と書いたが、「紅魔館とレミリア一行の幻想入りに時間差があった」という説は根拠のあるものではなく、ほとんど無視して構わない。よって今は、「レミリアとともに幻想入りしたであろう紅魔館が第百十三季に確認されているため、吸血鬼異変の発生時期は第百十三季以前と思われる」としておく。
 ただしこの結論は「吸血鬼異変の首謀者≠レミリア」説を前提としているため、「首謀者=レミリア」説を採る場合は少し話が変わる。レミリアが幻想入りしてから吸血鬼異変を起こすまでに潜伏期間があった可能性を否定できないからだ。

 なお、『怪綺談』以前のいわゆる「旧作」五作品でスペルカードが使われていないことのみを根拠に、「吸血鬼異変は怪綺談と紅魔郷の間の一年間に起こった」とする説はすぐには首肯し難い。旧作問題へのわたしの見解は過去の考察「旧作の設定は「無かったことに」なったのか」を参照してほしい。

(*3)どこかで明言されていそうな気もする。もし見つけたらコメントで教えてほしいです。

余説:吸血鬼異変八百長説

 最後に、これまでの考察とは毛色が違うが、「吸血鬼異変八百長説」を紹介する。
 今やネット上の不特定多数によって唱えられている説であるためわたしの認識が誤っている可能性もあるが、知る限りでの筋書きはこうである。

「幻想郷の賢者は妖怪の弱体化をいち早く察知しており、何らかの手を打つ必要があった。
そのための切っ掛け作りとして、賢者の側から外の世界の吸血鬼に話を持ちかけ、幻想郷で適当に暴れさせた。
これによって多くの妖怪が危機感を抱くようになり、決闘法の提案と定着は飛躍的にスムーズになる。
吸血鬼には終戦後の契約によって人間の定期供給を約束し、これをもって報酬とした。」

 吸血鬼異変という出来事自体が八百長、つまり事前に示し合わされた芝居であったとする説だ。
 この説が推される理由としては主に次のようなものが考えられる。

①賢者(八雲紫)の優れた先見性が強調されるため、ファンとして嬉しい。
②吸血鬼異変の首謀者がレミリアであった場合、黒星が一つ無かったことになるのでファンとして嬉しい。
③吸血鬼異変の首謀者がレミリアであった場合、彼女の力で幻想郷中の妖怪を部下にできるのか少し怪しい。
④一般に、吸血鬼は招かれていない家には入れないとされている。
⑤『求聞史紀』未解決資料のスペルカードルール原案に不審な点がある。

 ①、②はそのまま、ファンの心情としてなんとなく嬉しい。わたしも嬉しい。

 ③は実際に言っている人を見たので取り上げておいたが、強さ議論的な話になってしまい収拾がつかなくなるので触れない。

 ④は非常に面白い。たしかにこのルールに則るのであれば、「吸血鬼が幻想郷に現れた真の理由は幻想郷側から招かれたからである」という衝撃的な真相が出現し、物語の作劇上たいへん魅力的と言える。
 ただし、このルールは一般的な創作における吸血鬼の性質であり、『東方』の吸血鬼に適用されるかはわかっていない。事実として、吸血鬼の弱点の一つとされる十字架がレミリアには効かない(*4)ほか、そもそも『永夜抄』では無許可で永遠亭に攻め入っている。

 ⑤は、スペルカードルールの原案が書かれた紙に対して、阿求が「巫女が決めたルールであるはず」「巫女にルールを提案した妖怪が居るのか?」と疑念を抱いていることから、一連の出来事に何か裏があるのではないかという推察。単に八雲紫辺りの誰かが真の発案者であることを匂わせたかったのではないかとも考えられるが、真相はわからない。

 以上のように、どの理由も確たる根拠と言えるものではなく、八百長説は「こうだとしたら面白い」の域を出ることが難しいものとなっている。しかし、決定的な根拠が存在しないのと同時に、説を否定する要素も今のところ存在しない(招待のルールが否定されたとしても八百長説全体の否定にはならない)。幻覚度を1や2とすることは難しいものの、十分に「脈のある」仮説だと言えるだろう。

(*4)『永夜抄』マニュアル内のプレイヤーキャラ紹介

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