地獄のインテリ鬼、日白残無の元ネタ
日白残無の元ネタはその名から分かるように日本中世の破戒僧、残夢であると考えられる。
残夢は。自ら日白と呼び、又秋風道人と称せり、僧にあらず、俗にあらず、素より何人たることを詳らかにせず、或云ふ常陸房海尊ならむと、瘋癲の狂漢にして、(以下略)
本朝神仙記伝 宮地巌夫 著
とあるように残夢は大変変わり者であったと伝えられており、時に源義経の家来常陸坊海尊であると噂された。
ところが、残夢は不老不死の仙人であるだとか火車を退治したといった逸話は残っているものの、残夢と鬼が結びつくような伝承は見つからない。
では地獄のインテリ鬼はなぜ日白残無なのだろうか。
獣王園のおとら狐
今回は残夢の最も有名な逸話であろう常陸坊海尊から読み解いてみる。
この逸話は源平合戦を見てきたかのように語る残夢を人々が当時生き延びた常陸坊海尊本人なのではないかと噂したというものである。平安後期の人物が室町時代まで生きているのだから不老不死の仙人であるとも言われたわけだ。
しかし、こういった逸話は残夢に限ったものではない。
残夢の他に残月、清悦、白石翁などに海尊を語った伝承が残っており、これを柳田国男は
『義経記』の近世の語りようは、他の多くの歴史談も同様に、いわゆる「げな話」「だそうな話」の体裁になってはいるが、本来はやはり『清悦物語』のごとく、当時見ていたと称する人の直話体ではなかったかというのである。
東北文学の研究 柳田国男 著
つまりは当時の人が数百年前の話を信じるには語り部が重要であり、霊が人の口を借りて語ることでそれを可能としたとしている。
すなわち、おとら狐のような話だったということである。
残無が典に依頼したことの真意
余談ではあるが、日白残無と常陸坊海尊が直接関りがあるのか不明だが、仮に残無におとら狐の一面があるのだとすれば、典への依頼は元同業者からの洗礼とも捉えらえ、何枚も上手だったことにもなる。
東方獣王園の種族詐欺とはなんだったのか
ここまで読み解くと動物霊達を掌の上としていたのが日白残無である必要性が見えてくる。
残無が獣王園で収めたのは地上の混乱だけではなく、畜生界の安定化も成している。各組織にスパイを送り込んだわけだが、常に強力な手駒があるわけではないだろう。残無は残夢が常陸坊海尊を語ったように、無名の妖怪に高名な名を語らせるように差し向けることでその力を降ろし、実際にそうであったかのように変化させたのではないだろうか。
猿神の孫美天が孫悟空の生まれ変わりを自称し、
ヤマイヌの三頭慧ノ子が早鬼からケルベロスの様だと称され、
天火人ちやりが地上の人間からチュパカブラだと恐れられた
これもまた日白残無の掌の上なのだ。
あるいは八千慧が、早鬼が、尤魔が、同じくそうであるならば、早鬼と神子の再開は実現するのだろうか。
コメント
本旨と無関係ですが、柳田国男の『雪国の春』はいわゆる作品集として発表された一冊ですね。本考察で引用されている「『義経記』の近世の語りようは~」という部分は、その作品集に収録された中の一編『東北文学の研究』内の一文です。表題作である『雪国の春』は集英社文庫版『遠野物語』などに単独で収録されていますが、こちらには当該文章が含まれていないので注意です。
訂正しました。ありがとうございます。完全に見落としておりました…。