この記事では、第一に月と地上の行き来に関する情報を纏め、第二に永琳の秘術「地上の密室」の仕組みを再考する。
月と地上の行き来は本当に満月の夜にのみ行われているのか、そして地上の密室とは実際には何をしているのか、なるべく詳しく整理したい。
月と地上のアクセス
どうして満月が必要なのか
ならば地上から満月を無くせば良い。
さすれば、月と地上は行き来できなくなる。
地上から見える満月は、月と地上を行き来する唯一の鍵なのだ。
だから、満月の夜にしか使者は訪れない。――『東方永夜抄』キャラ設定.txt
月と地上を行き来するには、夜空の月相が満月であることが必須条件とされている。そもそもどうして満月が重要なのだろうか。
「満月の夜に空に浮かんだ月は 月の都に入り込める穴が空く」という台詞もあるが(*1)、結局のところその理由はわかっていない。月の民が地上へ干渉するために双方向性の移動手段が必要だったのか、それとも「六十年周期の大結界異変」のように何らかの自然の摂理によって結界が綻ぶのか、断定は避けたい。
(*1)漫画版『儚月抄』中巻 第11話
月と地上の往来方法
水面に映った星を利用する
湖に映った満月は手の届く幻。遠くに見える月は天蓋に描かれた絵。基本は同じものである。
私はその幻と絵の境界を弄る事で月と地上の通路を創り出す。――ZUN『東方儚月抄 ~ Cage in Lunatic Runagate.』一迅社, 2009, p.109
私は僅かに端がぼやけた月を見た。あのぼやけた部分が全て晴れた時、地上と月は行き来できるようになる。それを行えるようになったのはそれ程昔の話ではない。精々、千年前くらいだ。
――ZUN『東方儚月抄 ~ Cage in Lunatic Runagate.』一迅社, 2009, p.104
八雲紫は自由自在に空間を繋ぐことができる。しかし、月と地上を結ぶ場合はいつもと勝手が違うらしい。水面に映った月と本物の月の境界を弄るという専用の手順を必要とするほか、月が満月であることも必須条件になっている。
この手法は紫いわく「幻と絵の境界」、阿求いわく「実と虚の境界」(*2)、藍いわく「湖に映った幻の満月と本物の満月の境界」(*3)を弄ったものと表現されている。
類似の現象としては、綿月豊姫が海に映った地球に向けて小石を投げ込み、その小石を地上へ落下させたことが示唆されている(*4)。
『儚月抄』ではその他にも、月の海のなかで「水面に映っている青い星の場所」のみが穢れているという説明があったり、水江浦嶋子が「水に映った青い星から出てきた」という描写が見られたことから(*5)、水面に映る星の像はもともと月と地上を結び付けやすいスポットであり、紫の能力もその普遍的な性質を利用しているものと考えられる。
なお、かつて初めて月に行った紫は「同じように海に映った星から帰れる」と直観しており(*6)、第二次月面戦争中にも月の海面に地球が映っているような描写が散見されるが、地球から見た月が満月である日には月から見た地球は〝朔〟に当たり、普通なら明るく見えないはずである。ひとまずは作中描写に従う。
(*2)『求聞史紀』p.49
(*3)漫画版『儚月抄』上巻 第3話
(*4)漫画版『儚月抄』中巻 第8話
(*5)小説版『儚月抄』第3話
(*6)小説版『儚月抄』第5話
豊姫の能力
『儚月抄』終盤では、紫が月で作った隙間の向こう側がいつの間にか地上になっており、藍と紫が地上へ送還されてしまうというシーンがある(*7)。(すべて紫の計画の内だったとはいえ、)これは豊姫の能力が紫の隙間の接続先を変更でき、なおかつ水に映った星を利用せずとも月と地上を結べることを意味する。
さらに豊姫は紫を地上へ送還した後、月へ繋がる隙間が消失した(満月が閉じた)にもかかわらず、次の満月の夜を待つことなく月の都へ帰還していたことが確定している(*8)。これは満月が地上と月を結ぶ唯一の鍵であるという前提を覆す実例になりうる。
あくまでも満月の前提は崩さず考えるならば、「豊姫の能力は満月の判定時間が長い」といった仮定が必要だろう。満月による通路が緩やかに満ち引きするものと考えれば、紫の力では通路を維持できないが豊姫なら可能、という状態もあり得る。紫を拘束した後、その夜の内にレイセンを連れて月へ帰り、レミリアたちを地上へ送り返す。これで良いならば難しくない。
何にせよ、月と地上の行き来という用途に限定した場合、豊姫の輸送能力が紫のそれよりも上位の性能であることは間違いない。
『錦上京』では浅間浄穢山の通路を通った霊夢や魔理沙がいつの間にか月の海に辿り着き、海を見張っていた豊姫に発見されるという一幕があった。この際豊姫は「なんでこんな所に……」と驚きの声を漏らしており(*9)、この転送は彼女の意思によるものではなかったことがわかる(その後霊夢たちを浅間浄穢山に送り返したのは彼女の能力だろう)。
浅間浄穢山が月と地上の通路として機能する確実な原理はわからないが、綿月豊姫が「海と山を行き来出来る彼女は、その施設の管理者である」と説明されていることから(*10)、彼女の能力を常設的に付与された空間なのかもしれない。対象がまったく気付かない間に転送が完了しているという挙動も、レイセンが地上へ連れて行かれた際と類似している(*11)。この見立てが正しいとすれば、豊姫の能力は汎用性、隠密性も極めて高いと言える。
なお、『錦上京』のストーリーが満月の日であったかは不明である(ステージ5の背景にほぼ満ちた地球が見えるため、地上から見た月は新月かそれに近いはずであるが、この相関が東方において判断材料とならないことは前述した)。
(*7)漫画版『儚月抄』底巻 第17話
(*8)小説版『儚月抄』最終話
(*9)『錦上京』ステージ5(霊夢&赤異変石)
(*10)『錦上京』omake.txt
(*11)小説版『儚月抄』第6話
月の羽衣
「月の羽衣」は特別な能力を持たない者でも月と地上を行き来できるようになるアイテムである。ただしこの羽衣にも「満月と地上を繋ぐ一種の乗り物」という説明があり(*12)、やはり満月の存在は必須のようだ。
『儚月抄』作中でレイセンが使用した際も満月の夜に幻想郷へ飛来している。しかし彼女が月へ出立したのは実はその翌日であり、満月の夜ではない。後に逃亡の経緯を振り返るレイセンが「地上に辿り着くまでの数日間」と述懐していることから(*13)、満月は出発日の条件ではなく到着日の条件と考えたほうが良い(レミリアたちのロケットも事前に満月までの日数を計算して打ち上げている。月の羽衣はこの計算を自動制御してくれるのだろう)。
つまり神主の設定ミスなどを考慮しない場合、レイセンはあれから月に帰還するまで一ヶ月近く宇宙空間を漂っていた可能性が浮上する。
かつて鈴仙が地上へ逃げた際にも月の羽衣が使用され、彼女が初めて迷いの竹林に現れたのも満月の夜である(*14)。ただし、鈴仙が綿月姉妹の元を逃げ出したのが『儚月抄』本編から40年以上前(*15)であるのに対し、彼女が永遠亭に合流したのは30年ほど前(*16)とされており、約10年もの開きがある。「人間以外が住む幻想郷の噂を聞きつけ、なんとか入り込んできた」という説明もあるのだが(*17)、あるいは鈴仙は外の世界に潜伏していた期間があるのかもしれない。
(*12)小説版『儚月抄』第1話
(*13)小説版『儚月抄』第6話
(*14)小説版『儚月抄』第1話
(*15)小説版『儚月抄』第3話
(*16)小説版『儚月抄』第1話
(*17)『永夜抄』キャラ設定.txt
夢の世界の通路
『紺珠伝』では、月と地上の通路として新たに「夢の世界」の存在が明かされた。ステージ3開始時に表示される地名は「秘密の連絡通路」、鈴仙の台詞では「第四槐安通路」と呼ばれている。後者が正式名称だろう(*18)。
また、「槐安」は夢に関わる語句であるため、槐安通路とは月の民が使う夢の世界の通路全般を指しており、その中でも第四のものが地上と月の通路として使われていると見たい。
鈴仙はこの通路を「兎しか使わないはずの連絡通路」と言っており、詳しい事情はわからない。高貴な月の民はみな豊姫の能力を使うのか、そもそも穢れた地上に来ることなど無いという意味かもしれない。
ところで、少々意外なことに、『紺珠伝』作中のテキスト内には「満月」という語が一度も出て来ていない。そのため第四槐安通路による行き来が満月を条件とするかは厳密に断定できないのだが、ステージ2の背景がどう見ても満月であるため、さすがに満月の夜の出来事と見て構わないだろう。
また例のとおり、ステージ5や6の背景には本来満月の日に見えないはずの満地球が見えている。槐安通路の移動に半月かかったとすれば通じるが、考えにくい。やはり演出的表現と見るのが良い。
(*18)ステージタイトルは「アポロ経絡」だが、これは「寂びの来ない街」「星条旗のピエロ」などと同じイメージフレーズと見て良いか。
小括
以上から、作中での月と地上の行き来は原則として満月の夜に行われていると見做せそうである。
唯一微妙なのは豊姫の能力だが、『永夜抄』で「地上の密室」を行った永琳が豊姫の能力を考慮していなかったとは考えづらく、やはり豊姫も満月の制約は受けていると考えたほうが話として自然だろう。
綿月姉妹は永琳のことを慕っているため、積極的に動かないと踏んだという説明は一応通る。が、永琳の行動にしては少々希望的観測が過ぎる気もする。
あるいは、「地上の密室」は満月の日以外の例外的な移動までカバーすることのできる万能な術である、という仮説も頑張れば立てられる。満月を「唯一の鍵」と言い切っている手前あまり綺麗な解法とは言えないが、『儚月抄』のストーリーには突貫的に追加されたと思しき設定が散見されるため、こういった選択肢も残しておきたい。
「地上の密室」の整理
東方永夜抄の概要
月の異変?
ああ、地上の密室の術の事?――『東方永夜抄』ステージ5 鈴仙の台詞(幽冥組)
地上の密室の話に移る前に、まずは『東方永夜抄』のストーリーを復習する。新たな発見があるかもしれない。
①地上人が月に基地を作る計画を立てる
②玉兎たちは月の民と地上人の全面戦争が始まると言い、そのための戦力として地上にいる鈴仙を迎えに行くと通告。輝夜と永琳は話し合い、これを拒絶することを決意
③永琳は地上と月を結ぶ唯一の鍵である満月を偽物の月と入れ替え、少しだけ欠けさせることで月からの使者をシャットアウトする(地上の密室)
④しかし月の力から影響を受ける地上の妖怪たちがこの事態を強く憂慮し、当夜中の解決を決意。主人公たちが時刻の経過を停止させたことにより(永夜の術)、いつまでも夜が明けないという異変が発生
Normalエンド:永琳を倒すも輝夜は雲隠れ。幻想郷には欠けていない満月が戻ったが、実はこの満月は偽物であり、主人公たちは再戦を予感する
Goodエンド:永琳は幻想郷の結界が月の使者を阻むことを教えられ、満月のすり替えが不必要だったことを知る。幻想郷に元通りの満月が戻る
なお、幻想郷内でも用いられている「永夜異変」という異変名は書籍版『文花帖』が初出であり、作中では一貫して④の「夜が明けなくなった現象」のみを指して使われている。
また、Goodエンディングでの永琳との和解は『儚月抄』で普通に使者が来まくっていることによって破綻しているのだが、今回は触れない。
「地上の密室」の効力
今頃、地上人も月に辿りつけないで永遠に彷徨っていることでしょう。
月の民も同じ。これで月の民も地上に来れないはず。
これが私の最大の秘術の一つ。地上は大きな密室と化したのよ。――『東方永夜抄』ステージ6A 八意永琳の台詞(結界組)
永琳いわく、この術を使うと月の民が地上に来られないだけでなく、地上人も月へ辿りつくことができなくなるらしい。月と地上のコネクションを完全に破壊する強力な術である。
小説版『儚月抄』最終話では、もしもメッセンジャー役となるレイセンが現れなかった場合は永琳が再びこの術を使用し、八雲紫だけを月に到達させないつもりだったことが明かされている。このことから、地上の密室は月の羽衣による昇降のような単純な空間移動を妨げるだけでなく、紫の能力のような特殊な移動方法すらもブロックできるようである。
数種類の月
永夜異変発生時の「歪な月」
輝夜達は、本物の満月を隠し、地上人が見る空に浮かぶ月を偽物の月とすり替え、そしてほんの少しだけ、欠けさせたのである。
これで、地上と月を行き来する事は不可能になった。
――『東方永夜抄』キャラ設定.txt
この説明をよく読んでみると、地上の密室はまず「満月を偽物の月とすり替える」、そして「すり替えた偽物の月を欠けさせる」という二つのステップから成立していることがわかる。本物の満月を直接欠けさせるのでは駄目なのか、それとも本物の満月を欠けさせることは流石の永琳でもできないのだろうか。
この状態の月は作中で「歪な月」と言われているため、以後そう呼ぶことにする。
Normalエンディングで見られる「偽物の満月」
『永夜抄』ステージ6で輝夜でなく永琳を倒した場合はNormalエンディングとなり、ひとまず幻想郷に満月が戻ったことが語られる。
結界組のエンディングでは魔理沙やアリスも呼んで宴会を開いている姿が確認できるため、(彼女らがとんでもないバイタリティで当日中に宴会を企画したのでない限りは)永夜異変から一月後の満月の夜と思いたい。
しかし、このとき夜空に見えている満月は偽物であり、主人公たちは本物の満月を取り戻すべく永遠亭との再戦を予感することになるのである。
以下、このNormalエンディングで見られる月を「偽物の満月」と呼ぶことにする。
「偽物の満月」は「歪な月」とは違い、欠けていない完全な満月である。仮にも大妖怪であろう八雲藍がその違いに気付いていない様子であるため、本物の満月とほとんど見分けがつかないらしい。
満月が偽物であることには霊夢、紫、咲夜、レミリア、幽々子が自力で気付いたようであり、魔理沙とアリスは博麗神社の境内とその外とで月の見え方が違うという現象を発見している。後者は博麗大結界の境上に位置するという博麗神社の特別性、不可侵性を示す描写の一つだろう。
余談 偽物の満月と結界の作用
ところで、このとき博麗神社境内から見えている月と、それ以外の場所で見えている月、どちらが本物の満月だったのだろうか。
幻想郷全体では偽物の満月が見えており、博麗神社でのみ結界の作用で本物の満月が見えている、という状態がまず自然に思い付く。
ここに敢えて別の可能性を加えるならば、幻想郷全体では「本物の満月そっくりに偽装された偽物の満月」が見えており、博麗神社では「素の状態の偽物の満月」が見えてしまっている……というのもあり得るかと思ったのだが、これは少々捻りすぎた自覚がある。
どちらにせよ、結界の作用が何らかの欺瞞を暴くという構図が本旨なのであろうから、この問題にそこまでこだわる意味は薄い。基本的には前者の認識で問題ないと思う。
「歪な月」と「偽物の満月」
ここで一つの疑問が生まれる。この「偽物の満月」には、「歪な月」と同じように月と地上の往来を阻む効果があるのだろうか。
元々の地上の密室が「月を入れ替えること」と「入れ替えた月を欠けさせること」の二段階を経て完成することは前述した。であればこの「偽物の満月」は地上の密室の第一段階にあたるものであり、「歪な月」の加工前の姿であるとも考えられる。
永夜異変以後、永琳がこのようなものを夜空に浮かべる動機は月の使者を拒み続けるため以外に考えづらい。そのため偽物の満月も歪な月と似た効力を持ち、地上の密室の一形態として機能すると考えたほうが自然である。月を欠けさせるのをやめた理由は、地上の妖怪たちの反発が想定以上だったためとすれば辻褄も合う(*19)。
しかしそうすると、今度は逆に、永夜異変時にはなぜわざわざ満月を欠けさせていたのかという疑問が生まれる。
『永夜抄』詠唱組との会話の中で、永琳は次のように言っている。
ああ、いいのよ。術はもう済んだから。
朝になれば満月は返してあげる。といっても、元々私達のものだけどね。――『東方永夜抄』ステージ6A 八意永琳の台詞(詠唱組)
詠唱組に限らず、永琳はどの主人公に対しても共通して「朝になれば満月は返す」と発言している。ただしここで言う〝満月〟とは本物の満月ではなく、例の偽物の満月を指していたのだろう。欺瞞である。
引っかかるのは、その前の「術はもう済んだから」という部分だ。もしかすると地上の密室とは、満月の夜ごとに都度発動するものではなく、一度発動させれば解除するまで永続的に効果が続くものなのではないだろうか。つまり、満月を欠けさせ「歪な月」を作ることは初月のみに必要な呪術的トリガーのようなものであり、翌月以降は「偽物の満月」が効果を引き継ぐという説である。
もう一つの可能性は、「偽物の満月」が「歪な月」の下位互換であるという説だ。偽物の満月よりも歪な月のほうが確実に月の使者を拒むことができるが、地上の妖怪の反発を考慮した結果、妥協案として偽物の満月を返すことにしたという仮説である。こちらのほうがやや平易な気がするが、なおどちらも採れそうである。
(*19)『永夜抄』キャラ設定.txtに「唯一の誤算は、満月の力に頼っていたはずの妖怪達の力が、これほどまで強い物だとは思わなかった事である」とある。
「歪な月」と「偽物の満月」の正体
大昔の月よ、あれは。
月がまだ天上にあった頃の月。――『東方永夜抄』ステージ6A 西行寺幽々子の台詞(幽冥組)
そしてこの幻影の月は、月の記憶。
古臭く見えるのはその為よ。――『東方永夜抄』ステージ6A 八意永琳の台詞(幽冥組)
永琳が用意した偽物の月は、本物より豪華。
でも、幽々子いわく「古めかしい月」らしい。昔は豪華だった?――『東方永夜抄』Spell Practice(秘術「天文密葬法」 Hard)
偽の月の正体は『永夜抄』幽冥組ルートで明かされている。いわく、永琳が用意したのは「大昔の月の記憶の幻影」なのである。
明言はされていないが、永夜異変時の「歪な月」もNormalエンディングの「偽物の満月」も同じ原理で投影されたものと見るのが良いだろう。以下、「歪な月」と「偽物の満月」の両方を指す場合は「記憶の月」と呼ぶことにする。
夜空の満月をこの「記憶の月」と入れ替えるのが「地上の密室」の大要であることはわかった。しかし、その効果は単に月と地上を行き来できなくするというだけではなく、実はもう少し複雑らしい。
「記憶の月」の真の作用
満月は月と地上を結ぶ唯一の鍵。
これさえ無くせば、追手も月から地上にやって来れない。
今頃、偽の地上に辿りついているでしょう。そう、黴臭い地上に。――『東方永夜抄』ステージ6A 八意永琳の台詞(幽冥組)
ここへ来て「偽の月」ではなく、新たに「偽の地上」というワードが出てきた。続く「黴臭い地上」というのは幽々子が記憶の月を指して言った「黴臭い月」を受けたものなので、偽の地上とは記憶の月と同時代の地上、すなわち「大昔の地上の記憶の幻影」であると考えられる。
ここは偽の月と地上の間。
さっきの永い廊下は、偽の月と地上を結ぶ偽物の通路。
貴方達は偽満月が生み出した幻像に騙されてここまで来たのよ。――『東方永夜抄』ステージ6A 八意永琳の台詞(結界組)
永琳が言うには、月からの追手はこの偽の地上に辿り着くはずであるらしい。そして『永夜抄』ステージ6Aの主人公たちは幻像の通路を通り、記憶の月へ続く道を辿っていた(永琳の「偽満月」という台詞から、このとき見えていた月は「歪な月」ではなく満月になっていると思われる)。
つまり地上の密室とは、単に月と地上の行き来を遮断しただけで完結するようなものではない。「月から来る者を大昔の地上の幻影に導き、逆に地上から行く者を大昔の月の幻影に導くことができる術」なのである。
この前提に立って考えると、先述した「偽物の満月」と「歪な月」の違いについても新しい考察ができる。
月が「記憶の月」とすり替えられると「地上←→月」の接続が壊れ、「地上←→記憶の月」「記憶の地上←→月」という二つのリンクが生成される。そしてこの月が「偽物の満月」であるときはそれらを繋ぐ偽の通路が開き、「歪な月」であれば通路自体が開かない。
これならどちらの場合でも月の使者は永遠亭に来れない。また、豊姫の能力が満月を必要としなかったとしても恐らく偽の地上に誘導できる。非常に理路整然と筋を通すことができる。
ただし、この説明のままでは矛盾が生じる。永夜異変時に出ている月は「歪な月」であり、仮定ではこの状態は通路そのものが開かないということだった。然るに永琳は月の使者の現在を「今頃、偽の地上に辿りついているでしょう」と予想している。これは明らかに通路が開いている前提での台詞だ。
しかし一方では、前述の「今頃、地上人も月に辿りつけないで永遠に彷徨っていることでしょう」という発言もある。これは地上から記憶の月へ行くための通路は閉じていることを意味し、先ほどの仮説と部分的に合致している。
これらの情報を総合して考えると、空に歪な月が出ていた永夜異変当夜には、「地上←→記憶の月」の通路は閉じ、「記憶の地上←→月」の通路は開いていたという非対称的な状況が想定される。
このような現象が起こるメカニズムは、永琳が欠けさせたのが「記憶の月」のみであったと考えることで説明できる。つまり、地上から見た記憶の月が欠けているので「地上←→記憶の月」の通路は閉じており、記憶の地上から見た月は欠けていないので「記憶の地上←→月」の通路は開いていた。これですべての辻褄が合うのではないだろうか。
長々と捏ねまわした結果、我ながら随分それらしいモデルが組み立てられたと思う。ただ、少々長々と捏ねまわし過ぎた気もする。
ZUN氏がこの手の理屈をどこまで積極的に練っていたかは正直判断がし難いため、この結論の幻覚度はやや高めに受け取ってほしい。
第三の月、「真実の満月」
ここまでに出てきた月の種類を纏めると、以下のようになる。
一つ目は「通常の月」。永夜異変以前の幻想郷の空に見ることのできた普段どおりの月である。
二つ目は「記憶の月」。永夜異変時に永琳が通常の月とすり替えた大昔の月の幻影である。
記憶の月はその満ち欠けによって「歪な月」と「偽物の満月」に分けられる。ステージ6Aの通路で恐らく偽物の満月が見えていることから、これらの幻影は同時に複数存在できるのかもしれない。
しかし実はもう一つ、『永夜抄』ステージ6Bには第三の月が存在していた。
これが真実の満月よ。
いつ頃だったかしら、この満月が地上から消えたのは。
満月から人を狂わす力が失われたのは。――『東方永夜抄』ステージ6B 蓬莱山輝夜の台詞(紅魔組)
『永夜抄』ステージ6Bでは輝夜の背景に小さな満月が見えている。これはステージ4、ステージ6Aで見えていた満月と大きさも色もまったく違い、輝夜によっても「本当の満月」「本物の満月」「真実の満月」とその確かさを強調されている。
しかし輝夜は、この真実の満月がいつ頃からか「地上から消えた」と言っている。今の満月は「人を狂わす力」も失っていると言うのだ。
これまで幻想郷で見ることのできた「通常の月」と「真実の満月」は別の物なのである。
今は、月本来の力が甦っているの。
穢れのない月は、穢れのない地上を妖しく照らす。
この光は貴き月の民ですら忘れた太古の記憶なのよ。――『東方永夜抄』ステージ6B 蓬莱山輝夜の台詞(詠唱組)
ここで再び「記憶」というワードが出てくる。この真実の満月も永琳が用意した「記憶の月」と同じ、古代の幻影なのだろうか。
しかしステージ6Bでこの月を見た主人公たちの反応は、ステージ6Aでのそれとは一線を画す。アリスとレミリアはこの月を見ることに危険を感じ、幽々子は「忌まわしい事」として妖夢が月を見るのをやめさせようとした。紅魔組ルートの輝夜いわく、この月は「直に見た人間を狂わす真実の満月」なのである。
夜空に浮かぶ通常の月ではなく、大昔の記憶の幻影でもない。にもかかわらず、今の月からは失われたという古い狂気の力を持っているという「真実の月」。
この月の正体を説明するには、『永夜抄』以外の作品情報が必要になる。
天蓋
目に映る空に浮かぶ月って、一体なんだと思う? みんな、まあるいアレを見て丸い何かがそこにあると思っているでしょう? そこが愚かなのよ。本物はもっと畏れ多い物。直截その姿を見せることは殆ど無いし、人間にも毒になる。月は何かに映った姿しか見せないのよ。
――ZUN『東方文花帖 ~ Bohemian Archive in Japanese Red.』一迅社, 2005, p.072
書籍版『文花帖』で伊吹萃香が語ったこれこそが、蓬莱山輝夜の見せた「真実の満月」の正体と思われる。
萃香はこの後、「空の月も天蓋に映って居るだけ」と続ける。天蓋というワードは本記事内でも既に登場している。儚月抄の紫が言った「遠くに見える月は天蓋に描かれた絵」である。
夜空に浮かぶ「通常の月」は天蓋に映った写像であり、実物でないという点においては「記憶の月」と同質のものとも言える。そして天蓋に映る写像の本体、普段は人目に触れることのない唯一の実体こそが、「真実の満月」なのではないだろうか。
「記憶の月」の理論修正
ここまでの情報では、「歪な月」と「偽物の満月」は「記憶の月」の形態変化と考えられた。が、ここに天蓋という概念を加えると、また少し別の描像が見えてくる。
「通常の月」は「真実の満月」が天蓋に映った写像である。であれば、「歪な月」と「偽物の満月」は「記憶の月」が天蓋に映った写像であると定義すべきなのではないだろうか。
つまり、『永夜抄』ステージ6Aで背景に見えていた満月は「偽物の満月」ではなく「記憶の月」そのものと考えるのだ。この「記憶の月」という幻影を仮の実体として天蓋に投影し、その写像のみを欠けさせたものが「歪な月」、欠けさせなかったものが「偽物の満月」と定義したほうがわかりやすい。
「記憶の月」は初めから欠けることなく、満月の状態でステージ6Aの幻影空間に存在していたのではないだろうか。
まとめると、
「真実の満月」のみが実体としての月本体であり、
「通常の月」は天蓋に映ったその写像である。
そして「地上の密室」下では、
「記憶の満月」は過去の幻影であり、真実の満月の代替品である。
「偽物の満月」は記憶の満月を仮の実体として天蓋に投影した写像であり、
「歪な月」は偽物の満月を欠けさせることで地上との通路を閉じたものである。
これでどうだろうか。
(実を言うと、ステージ6Aの月が満月であったと考える理由は永琳の「偽満月が生み出した幻像」という台詞以外に無く、どうも根拠が弱い。本当に満月だとすると主人公たちが多少なりとも反応していないのがおかしい気もする。が、思いのほか綺麗に理論が組み上がってしまったので、信じるか信じないかはあなた次第、ということで……)
神域
記憶の月は「月がまだ天上にあった頃の月」である。逆に言うと、今の月は天上には無い。元々は剥き出しになっていた真実の満月がどこかのタイミングで姿を隠し、地上人は天蓋に映る写像を見ることしかできなくなったのだろう。
ここの経緯はよくわからないが、紅魔組ルートでの輝夜が「地上人は次第に月を、夜を恐れなくなった」という話を挟んでいることから、あるいは地上人の近代化が月の魔力を幻想化してしまったということの反映なのかもしれない。ちょうど妖怪が力を失ったのと同じ原理である。
永琳の術で穢れのない月と穢れのない地上は隔離された。
私はここにいる事で、地上からも月からも身を隠す事が出来る様になったわ。――『東方永夜抄』ステージ6B 蓬莱山輝夜の台詞(詠唱組)
そう思うと、本来決して干渉することのできない「真実の満月」が安置される『永夜抄』ステージ6Bの世界はよほど高次元な空間、特別な神域であると感じざるをえない。そんな場所にただ一人、蓬莱山輝夜という特別な人間が匿われていたのもまた示唆的である。
あの空間は初期三部作の終わりを飾るボスとそのステージに相応しい、まさしく究極の舞台であったと言えるだろう。

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